ダーン。

小さな音がした。
「え？」
入り口の方を見た。
「気のせいかな。」
『碇君．．．ごめんね．．．』
シンジの頭の中で声がした。
「綾波？！」
思わず立ちあがるシンジ。
「どこ．．．食料庫？！」

ダーン。

シンジが走り出した。

シンジが食料庫の扉を開け、早足で奥の方へ歩いていく。
左右の棚の間の通路を見ながら。
そして．．．紅く染まった通路を見つける。
リツコに、ゆっくりと近づくシンジ。
リツコの頭の近くに腰を下ろし、震える手で肩に触れる。
「リツコ．．．さん？」
シンジがリツコの肩を揺する。
「リツコさん！」
シンジがリツコの肩を激しく揺する。
シンジが手を離した。
シンジがリツコを見る。
シンジが血まみれのリツコの左手を取り、手首の動脈の辺りを触れる。
シンジが、リツコの手を静かに下ろした。

シンジが、リツコの向こうのマヤを見た。
リツコの脇を通り、マヤの左手の脇に腰を下ろす。
マヤの左手を取り、手首の動脈の辺りを触れた。
シンジが、マヤの手を静かに下ろした。

シンジは、立ちあがり、リツコの頭の脇に戻り、リツコを見ていた。

シンジの背後に靴音が近づいてきた。
靴音が止まる。
沈黙が流れた。

「父さん？」
シンジがリツコを見ながら呟く。
「．．．」
沈黙が流れた。
「何が．．．起きたの？」
ゲンドウが深く息を吸い込み、そして吐いた。
「伊吹君が、松代のMAGIの占拠を断ったのは知っているな？」
「．．．」
「彼女は、赤木君が、これ以上、俺のために働いて汚れるのは嫌だった。」
「．．．」
「だから、殺した。」
「なぜ？」
沈黙が流れた。

「伊吹君は、赤木君を愛していた。」
シンジが振り返り、ゲンドウを見る。
「．．．」
「．．．」
「だから、殺した？」
ゲンドウがシンジから視線を外した。
少しの間の後、ゲンドウがシンジを見た。
ゲンドウがシンジから視線を外し、話し始めた。
「俺は、自分が愛されるとは信じられない。」
「．．．」
「だから、人とは距離を置くことにしている。」
「．．．」
「だから、相手を殺してまで、相手に近づこうという発想は理解できない。」
「．．．」
「俺には、伊吹君の考えたこと、思ったことは、分からない。」
「．．．」
沈黙が流れた。

ゲンドウが口を開く。
「おまえを先生に預けたのも、自分が愛されると信じられないからだ。」
「．．．」
「おまえを傷つけると思ったからだ。」
「．．．」
「すまなかったな。シンジ。」
「．．．」
沈黙が流れた。

シンジがゲンドウに背を向ける。
「どうしようか。二人。」
ゲンドウが、倒れている二人を見る。
「血は止まっているな。」
「．．．」
「広い通路に動かして、ここの血を拭き取る。」
「．．．」
「二人は、明日の朝、埋葬する。」
「．．．」
ゲンドウが、リツコを抱き上げ、歩き始める。
「父さん？」
「何だ？」
「綾波なんだ。」
「分かっている。」
ゲンドウが棚の向こうに消えた。

ゲンドウがモップで床の血を拭き取っている。
シンジは、座り込んで、リツコを見ていた。

しばらくして、ゲンドウが、シンジの脇に立った。
「服を着替えさせるか？」
「うん。」
「そうか。」
ゲンドウがリツコを抱き上げ、歩き出す。
「脱衣所でいいな？」
「うん。」

脱衣所にリツコとマヤが並んで横たえられた。
シンジとゲンドウが替えの服を持ってくる。
シンジがリツコの、ゲンドウがマヤの服を脱がせていく。
血を拭き取っていく。
服を着せていく。

シンジの大部屋にリツコとマヤが並んで寝かせられた。
シンジがリツコの脇に座り、リツコを見ていた。
ゲンドウがシンジの脇に座っていた。
「父さん？」
「．．．」
沈黙が流れた。

「リツコさん．．．殺したんでしょう？」
「ああ。」
「なぜ？」
「殺さなければ、逆に殺されていた。」
「殺されるわけにはいかなかったんだ。」
「ユイに会うために。殺されるわけにはいかなかった。」
沈黙が流れた。

「なぜ殺さなくちゃいけないんだろう．．．」
シンジが呟く。
「死ねないからだろうな。」
ゲンドウが呟いた。
「！」
シンジがゲンドウを見る。
ゲンドウがリツコとマヤを見ていた。
沈黙が流れた。

「俺は、寝ることにする。」
ゲンドウが言った。
「うん。分かった。」
ゲンドウがシンジを見る。
「．．．」
ゲンドウが立ちあがる。
「おやすみ。父さん。」
ゲンドウがシンジを見る。
シンジがゲンドウを見ていた。
「おやすみ。シンジ。」
ゲンドウが部屋を出ていった。
シンジは、リツコを見ていた。
 

翌朝、ゲンドウが食堂に入ってくる。
シンジが、食事の用意をしていた。
テーブルに、ご飯、ワカメの味噌汁、海苔、たくあんが並べられた。
シンジが椅子に腰を下ろす。
シンジとゲンドウが箸を動かし始める。

「シンジ。」
ゲンドウが口を開く。
「はい。」
シンジがゲンドウの茶碗を取り、ご飯を盛る。
「はい。」
シンジがゲンドウに茶碗を渡した。
「ああ。」
ゲンドウが海苔を醤油にひたした。

「ごちそうさま。」
シンジが立ちあがる。
ゲンドウがメモを見ている。
シンジが茶碗や皿を片し、調理室に入っていく。
少しして、シンジがお茶を持ってきた。
「はい。」
「ああ。」
ゲンドウがお茶を啜り始める。

シンジが片付けを終えて、ゲンドウの前に腰を下ろす。
ゲンドウがシンジを見る。
「始めるか。」
「うん。」
「準備ができたら呼びに行く。」
「うん。」
ゲンドウが立ちあがり、食堂から出ていった。

シンジは、リツコを見ていた。
リツコの頬に手を伸ばし、触れてみた。冷たい感触。
「綾波．．．」
リツコに口付けるシンジ。
シンジが唇を離す。
「また．．．会えるよね．．．」
リツコの頬に涙が落ちた。

「シンジ。」
ゲンドウの声がした。
シンジが入り口の方を見る。
「うん。」
ゲンドウが入ってきて、リツコを抱えあげる。

墓穴の底にリツコとマヤを並べて横たえる。
ゲンドウが、リツコとマヤの手をつながせた。

ゲンドウが、墓穴から上がってきた。
「父さん？」
ゲンドウがシンジを見る。
シンジがゲンドウを見ていた。
「なぜ？」
ゲンドウが墓穴に向き直り、リツコとマヤを見た。

しばらくして、ゲンドウが口を開いた。

「伊吹マヤ君、本当に、いつも、君には失望させられた。」

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