道の両側に木が生い茂り、その間の砂利道を車が、ゆっくりと進んでいく。
「すぐ、湖畔だから。」
レイコが口を開いた。

少し行くと、急に視界が開けて、湖と砂浜のような湖岸が広がった。
レイコが車を止める。
「お疲れ様。」
レイコが、バックミラー越しに、シンジとレイを見る。
「はい。」
シンジが口を開いた。
「じゃあ、どうする？」
レイコが腕時計を見ながら言う。
「まあ、３０分か１時間っていう感じだけど。」
「そうですね．．．」
そう言いながら、シンジが、レイを見る。
「うん．．．」
レイが頷く。
「じゃあ、３０分、その辺を歩いてきます。」
シンジが、バックミラー越しにレイコを見た。
「ええ。できたら、ここから見えなくならない方がいいんだけど、まあ、任せるわ。」
「分かりました。」
シンジが、レイコを見て頷く。
レイコが頷いた。

「じゃあ、行ってきます。」
車の前を歩きながら、シンジが言う。
レイが、軽く頭を下げた。
「行ってらっしゃい。」
レイコが、軽く手を振った。

シンジとレイが湖岸を歩いている。
夏の日差しの圧迫感の中、岸に打ち寄せる波の音がしていた。
遠くまで続く湖岸が、かげろうのように揺らめいている。

「いい人みたいね。」
レイが口を開く。
「ん？レイコさん？」
シンジが、前を見たまま聞く。
「うん。」
「そうだね。まあ、平和なせいもあると思うけど。」
「そう．．．」
「レイと名前も似てるよね。」
「あ、そうね。そう言えば。」
「だからかもね。」
「フフ。」
レイが、シンジの手を握った。

以前、第３新東京市だった湖の湖畔は、流木の散乱する砂浜が、延々と続いていた。
林が近くまで迫っていた。
湖上には、かげろうがゆらめいていた。

『なくなったんだね。』
『そうね。』
『水も普通に水色っぽくなってる。』
『．．．』
『そう言えば、いつの間にか、空の赤い帯もなくなってた。』
『．．．』
『随分、時間がたったんだね。』
『．．．』
『綾波？』
『何？』
『ううん。なんでも。』
『そう．．．』

「私が帰ってきたころもこんな感じだったのかな？」
レイが口を開く。
「．．．」
シンジが、湖を見ていた。
「シンジ？」
「うん．．．」
「そう．．．」
「僕は、そのころは、ここにはいなくて。」
「．．．」
「けど、多分、そうだと思うよ。」
「そう．．．」
「僕が戻ってきたときは、水が赤い色をしてたんだ。」
「そうなの．．．」
「うん。色々あったんだ．．．」
「そう．．．」
沈黙が流れた。

「あのマンションは、保護者役の人と一緒に住んでたんだけど。」
シンジが口を開く。
「？」
レイが、シンジの方を見る。
「その人が、あの時、事故に巻き込まれて、死んでしまったと思って。」
「．．．」
「それで、流木で、墓をたてて、形見のペンダントを、それにかけたりしたよ。」
「そうなの．．．」
「その人は、僕が戻ってきた直後に戻ってきて、けど、結局、３年くらい前になくなったんだけどね。」
「そう．．．」
「前は、流木が、多かったかもしれない。」
「そう．．．」
「家とかの残骸も、多かったかもしれない。」
「．．．」
「まあ、封鎖されてて、何もされてないみたいだから、木が多くなったくらいで、ほとんど変わってないと思うけど。」
「そう．．．」
沈黙が流れた。

しばらく歩いていると、湖上に、壊れた天使像が突き出ているところに来た。

シンジが、立ち止まって、天使像を見る。
レイが、立ち止まり、シンジを見て、そして、天使像を見た。
沈黙が流れた。

「シンジ？」
レイが呟く。
「うん。」
シンジが、そう言って、レイを見た。
「これは？」
「うん．．．」
沈黙が流れた。

「ちょっと思い出があるんだ。」
シンジが口を開く。
「そう。」
レイが呟く。
「ある人に、ここで会ったんだ。ただ、その先は、言えないんだ。ごめん。」
「そう．．．」
そう言って、レイが、シンジの手をつかんだ。

「そろそろ行こうか。」
シンジが、腕時計を見ながら言う。
「うん。」
レイが頷いた。

「いいかな、これで。」
シンジが言う。
「うん。
  私、何も覚えてないから。
  こういうところに戻ってきたのね。」
レイが答える。
「うん。大体、周りは皆こんな感じみたいだし。」
シンジが、湖を眺めながら言う。
「うん。ありがと。シンジ。」
「ううん。」
レイが、シンジの手を強く握る。
沈黙が流れた。
 

シンジとレイが、車に近づくと、ドアロックを外す音がした。
シンジが、後部座席のドアを開ける。
「乗って。」
「うん。」
レイが、車に乗りこんだ。
シンジが、乗りこむ。
「もういいの？」
レイコが言う。
その言葉を聞いて、シンジが微笑む。
「ええ。」
シンジが答えた。
「ありがとうございました。」
レイが、軽く頭を下げながら言う。
「了解。じゃあ、出るわね。」
レイコがキーを回すと、モーターの動き出す音がした。
 

１６０２ 御殿場駅前

レイコがハンドブレーキを引く。
「はい。お疲れ様。」
レイコが、バックミラー越しに、二人を見ながら言う。
「「ありがとうございました。」」
シンジとレイが答えた。
「どういたしまして。」
レイコが微笑む。
シンジが、ドアロックを外し、車を降りる。
レイが、それに続いた。
シンジが、車の後ろに回ると、トランクが開いた。
シンジが、トランクを開き、荷物を取り出す。
「レイ。」
シンジが、レイにバッグを渡す。
「うん。」
そして、自分のバッグを取りだした。
シンジが、トランクを閉める。
「それじゃ、私は、ここで。」
降りてきていた、レイコが言う。
「はい。ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
「気をつけてね。」
「「はい。」」
二人が軽く頭を下げて、駅の階段の方に歩き出した。
レイコは、二人が階段を上っていくのを見て、そして、車に戻った。
レイコが、携帯の電源を入れ、短縮ボタンを押す。

『はい。』
「結城です。今、碇シンジ、綾波レイを車から下ろしました。」
『了解。ご苦労様。』
「いいえ。それで、何か動きはありますか？」
『まだ、確認は取れていないが、打ち上げられたようだ。』
「そうですか．．．
  分かりました。今から、戻ります。」
『分かった。』
「失礼します。」

レイコが、携帯のオンフックボタンを押し、電源を切る。
レイコが、駅の方を見た。

「罠だったみたいよ。シンジ君。」

駅の方を睨みながら、悲しげな表情で、レイコが呟いた。

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