「終わったね。」
レイが言う。
「そうだね。」
シンジが、消しゴムを筆袋に入れながら言う。
「夏休み、どうする？」
「そうだね。普通は、バイトでしょ？」
「うん。大学始まる前と同じ。」
「どこか行きたい？」
「海．．．かな．．．」
「海かあ．．．じゃあ、あんまり遅くならない方がいいね。８月頭とか。」
「そうね。」
「行きたい海とかある？」
「特にはないかな．．．あ。」
シンジがレイを見る。
「何？」
「第３新東京市って、今、行けるのかな？」
レイが前を見たまま言う。
「第３新東京市．．．」
シンジが、レイの方に視線を向けたまま、遠くを見るようにして呟いた。

「シンジ？」
「え？」
シンジがレイの方を見る。
「大丈夫？」
レイが心配そうな顔をして、シンジを見ていた。
「あ、うん、ちょっとボーっとしてた。ごめん。」
シンジが、笑顔を作りながら言う。
「そう．．．嫌なこと思い出させちゃったかと思って。ごめんね。」
「あ、そんなことないよ。ただ、あそこでは、本当に色々なことがあったから．．．」
「そう．．．」
沈黙が流れた。

次の試験を受けるらしい学生達が、教室の席を埋め出した。
「そろそろ出よう？」
シンジが言う。
「うん。そうだね。」
そう言いながら、レイが立ちあがった。

建物を出ると初夏の日差しが眩しかった。
レイが、目の前に手をかざす。
「第３新東京市、行きたいの？」
レイを眩しげに見ながら、シンジが言う。
「うん？
  ああ、私、あそこから帰ってきたの。それで、今、どうなってるのかな、って、ふっと思ったの。」
「そう。ホントに、今、どうなってるんだろうね。」
「私は、湖畔に打ち上げられたらしくて、気がついたら、病院にいたんだけど。」
「そう．．．」
「シンジは、どこから戻ってきたの？」
「僕も、あそこから戻ってきたよ。」
「そうなんだ。それから行ってみた？」
「ううん。思ってもみなかったよ。」
「そう。私も、今日初めて思ったから。そんなものかもね。」
「そうだね．．．」
沈黙が流れた。

『浜辺に打ち上げられていた。気がついたら、病院にいた．．．』
『．．．』
『戦自の病院だよね．．．』
『．．．』
『本当に海辺に打ち上げられていたのかな．．．』
『．．．』
『綾波？』
『何？』
『綾波は、どこに行きたい？』
『第３新東京市も面白いかもね。』
『何か、嫌な予感がする。』
『そうね。』
『綾波も、そう思う？』
『ええ。』
『そう．．．』

「ね。」
レイが言う。
「何？」
シンジが、前を見たまま言う。
「この後、どうする？」
「僕は、ちょっとバイトに行こうと思ってた。」
「そう．．．ちょっと、飲みに行くとか、しない？」
「ああ、そうだね。」
そう言いながら、シンジが携帯を出して、時間を見た。
「バイト行って、すぐ帰ってくると、長野で、ちょうどっていう感じかな。」
「そうね。」
レイが、シンジの携帯を見ながら言った。
「じゃあ、ちょっとだけ行ってくるけど、いいかな？」
「うん。私も、ちょっと行ってくる。」
「じゃ、少し急ごうか。」
シンジが、レイに微笑む。
「そうね。」
レイが微笑んだ。
 

戦略自衛隊 松代駐屯地

シンジが、資料室に入ると、端末に向かっていた青葉と日向がシンジを見て、軽く頭を下げた。シンジも頭を下げた。
シンジが、端末を立ち上げて、カバンを置き、椅子に腰を下ろした。
メールを見た後、受話器を取った。
『はい。結城です。』
「あの、碇ですけど。」
『ああ、シンジ君。試験終わったの？』
「ええ。それで、ちょっと話したいことがあるんですけど。」
『ああ、じゃあ、今から来てくれる？』
「はい。分かりました。」
シンジが受話器を置いて、立ちあがった。
 

結城レイコ 執務室

シンジが、ドアをノックする。
「はい。」
ドアの中から声がした。
「碇ですけど。」
「開いてるわ。入って。」
「はい。」
シンジがドアを開けて、部屋に入り、ドアを閉めた。

シンジが、レイコの机の前の椅子に腰を下ろす。
「今日は、どうしたの？」
「綾波レイのことなんですけど。」
「うん。」
「今日、聞いたんですけど、彼女は、第３新東京市の湖畔に打ち上げられて、気がついたら、病院にいたらしいんです．．．」
「．．．」
「それは、記録と合ってますか？」
レイコが、端末に向き直り、キーボードを打ち始める。
「ちょっと待ってね。」
「はい。」
キーボードを打つ音が部屋に響いた。

「そうみたいね。第３新東京市の湖畔に打ち上げられていたのを、そこに駐在していた、うちの隊員が見つけて、保護したみたい。その病院は、ここじゃないけど、うちの病院よ。」
「そうですか。」
「それが、どうかした？」
「いえ、本当に、そうなのかと思って。」
「それ以前に戻ってきていた．．．かもしれない？」
「ええ。できなくはないかと思って。」
「そうね．．．できなくはないかもね。」
「．．．」
「まあ、それは、私達には、ちょっと分からないわね。」
「そうですか。」
「ええ。」
沈黙が流れた。

「ところで、なんで、第３新東京市の話が出たの？」
レイコが口を開く。
「夏休み、どこか行きたい？って聞いたら、海っていう話になって．．．」
「．．．」
「行きたい海とかある？って聞いたら、突然、第３新東京市が出てきたんですよ。」
「．．．」
「．．．」
沈黙が流れた。

「それ、どう思う？」
レイコが腕組みしながら言う。
「どう．．．」
シンジが、レイコを見ながら言う。
「ええ。」
「．．．」
「．．．」
「怪しいですね。嫌な予感がします。」
「そう．．．私も、そう思うわ。」
「ええ。それで、来たんです。」
「なるほど。」
「ええ。」
「．．．それで、行くんでしょ？」
「ええ．．．多分。」
「予定、知らせてくれる？」
「ええ。決まり次第、許可を取ります。」
「もしよければ、できるだけ、細かく予定を教えて欲しいの。」
「はい。ただ、何が起きるか分かりませんから。」
「そうね。まあ、できるだけのことはするけど．．．」
「ええ。お願いします。」
「けど、最後は、シンジ君の問題よ。」
「はい。覚悟はしています。」
「了解。気をつけて。」
「はい。それじゃ、失礼します。」
「ええ。」
シンジが立ちあがり、軽く頭を下げて、踵を返し、部屋を出ていった。

レイコが、少しの間、ドアを見ていた。
ため息をついて、そして、端末に向き直った。
 

１８００ 長野駅改札前

レイが改札の方を見て、ぼんやりと立っていた。
「レイ。」
近づいてきたシンジが、声をかける。
「シンジ。」
レイが、声の方を向いて、シンジを見て、微笑む。
「待った？」
「ううん。」
「じゃ、行こうか。」
「うん。」
レイが、シンジの腕を取り、体を預けるようにして歩き出した。
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モニターのこちら側 Genesis 5:42 完

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