「あとどのくらい？」
レイが言う。
「そうだね。」
シンジが、地図を出して見ている。
「バスの停留所半分くらいかな。城山公園で、少し戻ったところにバス停があったんだよね。」
「そうなんだ。」
「うん。ごめん。」
「けど、もう、戻るより、行っちゃったほうが近いんでしょ？」
「うん。ちょうど半分くらい来ちゃってるから。」
「じゃあ、ゆっくり行きましょう？」
「うん。ありがとう。」

「あ、あれ？」
レイが、バス停を指差しながら言う。
「そう。そう言えば、桜が増えてきたね。」
シンジが、道の脇を眺めながら言う。
「そうね。」

シンジとレイが、道の脇の桜を眺めながら歩いていた。
「綺麗ね。」
レイが呟く。
「そうだね。」
シンジが呟いた。

『綺麗ね。』
レイが言う。
『あまり見たこと無かった？』
シンジが頭の中で言う。
『私は、ないと思う。』
『そう．．．』
『記憶があるの。』
『．．．』
『ユイさんの記憶．．．』
『．．．』
『リリスの記憶かもしれない．．．』
『．．．』
『桜は、毎年同じようにきれいに咲いて、そして散っていく。』
『．．．』
『不思議ね。』
『．．．』
『．．．』
『綾波？』
『何？』
『綾波は、ずっと見ているの？』
『ええ．．．』
『．．．』
『．．．』
『そう．．．』
『．．．』
沈黙が流れた。

「シンジ？」
レイが言う。
「何？」
シンジがレイを見た。
レイが、少し心配そうな顔をしてシンジを見ていた。
「少し怖い顔してた。」
「そう。」
「．．．」
沈黙が流れた。

風が吹いて、桜の花びらが紙ふぶきのように舞っていく。
「綺麗だね。」
シンジが呟く。
「うん。」
レイが答える。
「散っていく桜の花びらが綺麗なのは、何故なのかな。」
「．．．」
「．．．」
「分からないわ。」
「．．．」
「．．．」
「そうだね。」
沈黙が流れた。

『好きだよ。綾波。』
シンジが頭の中で呟く。
『好きよ。碇君。』
『．．．』
『．．．』
『どうしてなのかな？』
『始まりがあって、終わりがあるから。』
『？』
『夢の終わりだから。』
『！』
『．．．』
沈黙が流れた。
 

桜坂を登りきって、次のバス停が見えてきた。
「この後は？」
レイが言う。
「あのバスで戻るか．．．」
シンジが言う。
「戻るか？」
「この道をずっと歩いていくと、善光寺に着くんだよね。」
「あ、そうなんだ。けど、遠いんでしょ？」
「うん。３ｋｍくらいかな。見晴らしは、いいみたいなんだけど。」
「３ｋｍ．．．どうしようかな。」
「今は、どんな感じ？疲れてる？」
「うーん。ちょっと疲れてきてるかな。」
シンジが地図を出して、見ている。
「そう。
  １ｋｍくらい歩いたところに公園があるみたいだから、そこで休めるかな。」
「どうしようかな。」
「．．．」
「じゃあ、行ってみようかな。歩けなくなったら、おんぶとかしてくれる？」
シンジを見て、悪戯っぽく微笑みながら、レイが言う。
「了解。」
苦笑いしながら、シンジが答えた。

雲上殿を過ぎて、右手に山の木々を、左手に遠くの街並みを眺めながら、シンジとレイが歩いていた。
「いいところね。」
レイが呟く。
「そうだね。」
シンジが呟く。
「あんまり、街を上から見ることとかないから．．．なんだか不思議な気持ち。」
「そうだね。」
「なんだか、毎日のことが、小さなことに思えてくる。」
「そう．．．」
「シンジ．．．」
レイが、シンジと繋いでいた手を離し、腕を絡める。
「シンジ．．．」
シンジがレイを見る。
レイが、シンジに体を預けるようにした。
 

小丸山公園

シンジとレイが、ベンチに腰を下ろしていた。
「ちょっと疲れた？」
ジュースを飲んでいるレイに、シンジが聞く。
「ちょっとね。あとどのくらい歩くの？」
「善光寺までだと、城山公園からここまでより、ちょっと短いくらいかな。」
「そうなんだ。」
レイが、ちょっと暗い顔をする。
「ごめん。けど、下り坂だから。坂を降りたら街中だから、どこかでタクシーを呼んでもいいし。」
「あ、うん．．．
  ごめんね。気、使わせちゃって。」
「そんなことないよ．．．
  好きだから．．．できるだけ嫌な思いをさせたくないんだ。」
「．．．うん。」
レイが、シンジを見つめる。
シンジが、レイを見ていた。
 

シンジとレイが、ベンチで休んでいた。
「あれ？シンジやないか？」
シンジが、声の方を見ると、トウジとヒカリが並んで立っていた。
「あ、トウジ、洞木さん。久しぶり。」
「ほんま、久しぶりやな。」
「久しぶりね。碇君。」
ヒカリが、シンジを見て、そして、レイを見た。
「あの、そちらは？」
ヒカリが、レイから、シンジに視線を戻して聞く。
「あ、うん。」
シンジがレイを見る。
レイが、シンジに頷いて、ヒカリと、トウジの方を見た。
「大学の同級生の綾波レイさん。」
「綾波レイです。よろしく。」
レイが、軽く頭を下げる。
トウジとヒカリが、目を見開いてレイを見た後、顔を見合わせ、そして、レイを見た。
「あの．．．」
レイが、けげんそうな顔をして、二人を見て、そして、シンジを見た。
「鈴原トウジと、洞木ヒカリさん。中学のときの同級生なんだ。」
シンジが言う。
「あ。なるほど。」
レイが、少し驚いた顔をして、そして、得心したような顔になった。
「そう。あの綾波レイを知ってるんだ。」
「そうなんですか。」
レイが、トウジとヒカリを見る。
「ごめんなさい。驚かせちゃって。
  私、サードインパクト以前の記憶がなくて、もしかしたら、その人なのかもしれないんですけど、よく分からないんです。」
少し作ったように微笑みながらレイが言う。
「そうなんだ。」
ヒカリが言う。
「名前が同じで、見た目もよく似てるから、びっくりしちゃって。
  あらためて、よろしく。綾波さん。」
ヒカリが微笑む。
「はい。洞木さん。」
レイが微笑んだ。
 

「じゃ、僕達、そろそろ行くから。」
シンジが言う。
「ああ。また、ケンスケも呼んで、どこかで会おうや。」
トウジが答える。
「うん。それじゃ、また。」
「ああ。元気でな。」
「うん。」
シンジが立ちあがった。
「じゃ、またね。」
レイが、立ちあがりながら、ヒカリに手を振る。
「うん。またね。」
ヒカリが手を振る。

トウジとヒカリが、シンジとレイが、公園を出ていくのを見送っていた。

「どう思う？」
トウジが言う。
「綾波さん？」
ヒカリが答えた。
「ああ。」
「明るくて、いい感じじゃない？」
「そうか。」
「何か、引っかかるの？」
「なんとなくな。」
「そう。」
「．．．」
「そうかもね。」
トウジとヒカリが、公園の出口を見つめていた。
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