「次は、須坂。須坂。」
アナウンスが流れた。
レイが、額を離し、顔を上げる。
シンジが、レイを見た。
レイがシンジを見ていた。
「ごめんね。」
レイが、視線を左下に逸らして呟く。
「ううん。」
シンジが呟く。
沈黙が流れた。

列車がホームに入り、車内の騒音が小さくなった。
「それじゃ、私．．．」
レイが、少し哀しそうな笑顔を作って立ちあがった。
「あの．．．」
シンジが、少し大きな声を出す。
「．．．」
レイが、シンジを見つめた。
シンジが目を伏せる。
「もしよかったら、送るけど．．．」
シンジがレイを見た。
「うん．．．
  ありがとう。」
レイが微笑んだ。
 

須坂駅前

「ちょっと歩くんだ。」
レイが口を開く。
「そうなんだ。」
シンジが、レイに相槌を打った。
「ごめんね。」
レイが、呟く。
「別に、謝ること無いよ。」
シンジが、答える。
「うん．．．」
レイの手が、シンジの手を、ほんの少し強く握った。
沈黙が流れた。

『彼女、大丈夫なのかな。』
『どういう意味で？』
『どういう意味．．．』
『．．．』
『例えば、記憶喪失からくる不安に耐えられるのか、とか。』
『碇君がいれば、大丈夫じゃないの？』
『綾波。』
『彼女は、４年近く、記憶喪失のまま、人口進化研究所に保護されているわ。』
『．．．なるほど。』
『．．．』

「碇君？」
レイが口を開く。
「何？」
シンジが、レイの方を見た。
「ちょっと怖い顔してた。」
ほんの少し不機嫌そうな顔をして、レイが、シンジを見つめる。
「ごめん。」
シンジが、申し訳なさそうな顔をする。
「ううん。」
レイが微笑む。
「それでね、ちょっと寄っていいかな？」
レイが指差した先を、シンジが見ると、コンビニがあった。
「うん。いいよ。」
シンジが、少し虚を突かれたように頷く。
「ありがと。」
レイが微笑んで、コンビニの方に歩き出す。
シンジも歩き出した。

「ちょっと待ってて。」
レイが、シンジを見る。
「うん。」
シンジが頷くと、レイが奥の方へ入っていった。
シンジは、雑誌のコーナーへ行き、雑誌を見ていた。

「お待たせ。」
シンジが、声の方を見ると、レイがコンビニの袋を持って立っていた。
「ううん。」
「行こ。」
「うん。」
レイがシンジの手を取る。
二人が、コンビニを出た。
 

須坂ハイツ

「ここなんだ。」
レイが、玄関の前で立ち止まる。
「そうなんだ。」
シンジが、レイから視線を外し、マンションを見上げる。
シンジが、視線をレイに戻した。
「それじゃ、僕は、これで。」
「．．．」
レイが、シンジを見ている。
「どうしたの？」
「よかったら、上がっていかない？」
「え．．．」
「駄目？」
レイが、上目遣いにシンジを見る。
「．．．いいよ。」
「ありがとう。」
レイが、満面に笑みを浮かべる。
「４階なんだ。」
レイが、シンジの手を引く。
「う、うん。」
シンジが、レイに引きずられるようにして、マンションの中に入っていった。
 

４０２号室前

「ちょっと待ってて。」
レイが、バッグから財布を取りだし、中から鍵を取出した。
シンジは、レイから視線をずらし、部屋番号のプレートを見た。

『４０２号室．．．』
『．．．』
『同じだね。』
『ええ。』
『意図してやってるのかな？』
『多分．．．』
『．．．』

ガチャ。

鍵を開ける音がした。
「さ、入って。」
中に入りながら、レイが言う。
「うん．．．
  おじゃまします。」
たたきで、靴を脱ぎながら、シンジが言う。
中に歩いていこうとしていたレイが振り向いた。
「いらっしゃい。」
レイが、微笑みながら言った。

トイレ、バス、そしてキッチンを通りぬけると、机とベッド、チェストの置かれた、レイの部屋があった。窓には、厚手の水色のカーテンと白いレースのカーテンが掛けられていた。

「紅茶でいいかな？」
脱いだコートをハンガーにかけながら、レイが聞く。
「うん。いいよ。」
コートを脱ぎながら、シンジが答えた。
「じゃ、適当に座って待ってて。あ、コート貸してくれる？」
「うん。」
シンジからコートを受け取り、ハンガーに掛けると、レイは、キッチンに歩いていった。
シンジは、周りを見まわし、ベッドに腰を下ろした。

しばらくして、レイが、戻ってきた。
「お待たせ。」
レイが、お盆を机に置き、椅子をシンジの前に持ってきて、お盆を椅子の上に置く。レイが、シンジの隣りに腰を下ろした。
「砂糖は？」
「じゃ、ひとつ。」
レイが、角砂糖を、お盆から取り上げ、カップに入れる。
「はい。」
レイが、カップをシンジに渡す。
「ありがとう。」
シンジが、カップを受け取ると、レイも、カップに角砂糖を入れ、お盆から取り上げた。
「いただきます。」
シンジが、そう言って、カップに口をつける。
レイも、紅茶を啜った。
沈黙が流れた。

「この部屋に、私以外の人が入ったのって、初めてなんだ。」
レイが、ぽつりと呟く。
「そう。」
「．．．」
「そう言えば、僕の部屋も、僕以外の人、入ったこと無いよ。」
「そっか。そうだよね。」
沈黙が流れた。

「．．．ごめん。そうじゃないよね。」
シンジが口を切る。
「．．．うん。」
レイが呟いた。
沈黙が流れた。

「この部屋は、人口進化研究所の人が用意してくれたの？」
シンジが訊く。
「え？ええ。そうだけど．．．何か、変？」
「うん．．．昔の綾波の部屋と、部屋番号が同じだった。」
「そう．．．」
「間取りも似てる。」
「．．．」
「記憶が戻るようにっていう配慮かな．．．」
「．．．」
「ごめん。できるだけ言わない方が、いいとは思うんだけど。妙に、彼女と似てるんだ。」
「．．．」
「．．．」
「そう．．．」
レイが、お盆にカップを置く。
「碇君。」
「何？」
「誕生日のプレゼント。欲しいものがあるんだ。」
レイが呟いた。
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