『綾波？』
シンジが頭の中で呟く。
『．．．』
答えはなかった。
『ま、仕方ないか。』
シンジが苦笑いした。
 

戦略自衛隊松代駐屯地資料室

「こんにちは。」
シンジが、青葉と日向に声をかける。
「「こんにちは。」」
青葉がシンジを見る。
「今日は、来ない予定じゃなかったっけ？」
青葉が言う。
「ええ。けど、ちょっと相談したいことができて。」
シンジが、苦笑しながら答える。
「そう。」
そう言いながら、青葉は、視線をモニターに戻した。

シンジは、鞄を机に置くと、端末を立ち上げた。
立ちあがった端末から、結城レイコの電話を調べ、電話をかけた。
『はい、結城です。』
「碇ですけど。」
『あ、シンジ君？どうしたの？』
「ええ。ちょっと相談したいことがあって。」
『了解。今からでいい？』
「分かりました。伺います。」
『待ってるわ。』
「はい。」
シンジは、受話器を置いて、椅子から立ちあがった。
 

コンコン。

シンジが結城レイコの部屋のドアをノックする。
「はい。」
「碇です。」
「開いてるわ。入って。」
「はい。」
シンジがドアを開け、中に入り、ドアを閉めた。
「すみません、急に。」
シンジが、レイコの机に歩を進めながら言う。
「いいえ。座って。」
シンジがレイコの前の椅子に腰を下ろした。
「それで、どうしたの？」
レイコが口を切る。
「もうご存知だと思うんですけど、第２東京大学の入試で、ある女の子と知り合いになりました。」
「一応、報告は来てるわ。」
「今日、彼女の名前を聞いたんですけど、綾波レイと言うそうなんです。」
「綾波レイ．．．」
「ご存知ですよね。」
「ええ。しかし、よりによって、綾波レイって．．．その子、普通の子？」
「僕が、彼女に聞いたところでは、セカンドインパクトからしばらくして戻ってきたそうなんですけど、それ以前の記憶が名前以外ないそうなんです。」
「それ、本当？」
いぶかしげな表情でレイコが言う。
「彼女の言うところでは。」
シンジが言う。
「なるほど。続けて。」
「そして、どこかの組織に、僕のように保護されてるみたいなんですけど。」
「それは、納得いくわね。まあ、保護じゃなくて、そこの人なのかもしれないけど。」
「ええ。」
沈黙が流れた。

「それで、結城さん、何か知らないかと思って。それで、来たんですけど。」
「私は、知らないわ。けど、ちょっと調べてみるわよ。裏がありそうだから。あと、今のところ、シンジ君と、その子に関して、何かしろという指示も来てはいないわ。」
「そうですか。」
「ええ。」
シンジが、少し考えるようにしている。
レイコが、シンジを見ていた。
「僕の監視の体制と言うのは、大学に入ると変わるんですか？」
シンジが口を開く。
「基本的には変わらないわ。事前に届けてもらえば、遠出してもいいというくらい。」
レイコが、シンジを見ながら言う。
「そうですか。」
「シンジ君の感覚では、危険な感じがするわけ？」
「ええ。」
「なるほど。護身術とか、習う？」
「そうですね。」
少し苦笑しながら、シンジが答える。
「大学は、講義の取り方と、あと、レポートのこなし方によるけど、手を抜こうと思えば、かなり手を抜けるから。」
「．．．」
「過去のレポートとか、試験問題とかは、サークルとか、研究室の先輩とか、つてを作って、貰ったほうがいいわ。ある意味、教授の趣味で題材が選ばれてるところあるから、参考書見つけるのも、結構大変だし。」
「そうなんですか。」
「人が、すでにやってることを０からやる必要はないわ。一応、頭に入れておいたほうがいいけど。」
「そうですか。」
「そうしないと、他のことできないわよ。」
「分かりました。」
「まあ、大学始まったばかりだと、手続きとか色々あるだろうから、少し落ちついてから、ここに来る日程とか決めて。」
「はい。」
「他に何かある？」
「いいえ。」
「そう。」
レイコが、シンジを見ている。
「その子、かわいいの？」
レイコが、悪戯っぽい笑顔で言う。
「え、ええ。」
シンジが、少し顔を赤くて、うろたえながら答えた。
「ま、シンジ君が、声かけるんだから、尋常な事態じゃないわよね。」
レイコが笑いながら言う。
シンジが、俯く。
「ま、いいわ。それじゃ、彼女のことは、調べておくから。」
「はい。」
「それじゃ、報告ありがとう。」
レイコが、端末の方を向こうとした。
「あの。」
シンジが、口を開く。
レイコがシンジを見た。
「何？」
「彼女は、母によく似てるんです。そして、綾波にも。」
レイコが、真顔になる。
「そう。」
レイコが、シンジを見たまま言う。
「それも、実は、ここに来た理由なんです。」
「了解。クローンかもしれない．．．と。」
「ええ。」
「分かったわ。」
「お願いします。」
「けど、もしそうなら、私にアクセスできる情報はないかもしれない。」
「ええ。まあ、その時は、その時ですから。」
「罠かもしれないわよ。」
「ええ。」
「最悪、フォースインパクトに巻き込まれる。いえ、引き起こすことになる。」
「ええ。」
レイコが、シンジを見つめる。
シンジが、レイコを見ていた。
レイコが、視線を逸らし、ため息をついた。
「分かったわ。」
「．．．」
「まあ、そもそも、私達には、どうにもできないことなのかもしれないし．．．」
「．．．」
「そうね。」
レイコがシンジを見る。
「危なそうな行動を起こすときには、早めに知らせてくれるとありがたいわ。」
「．．．」
「今日みたいに。」
「．．．」
レイコが、シンジから視線を逸らす。
「まあ、もしかしたら、あのときのように、あなたを殺そうとするかもしれないけど。」
「．．．」
レイコが、シンジを見た。
「他に何かある？」
「彼女は、２０１６年３月３０日に戻ってきたそうです。」
「了解。それじゃ。」
「はい。」
シンジが、椅子から立ちあがり、部屋を出た。
レイコが、シンジの出ていったドアを見ていた。

「死ぬわよ。シンジ君．．．」

レイコが、端末に向き直り、キーボードをたたき始めた。
 

資料室に戻り、シンジは、自分の端末から、あの綾波レイに関する情報を調べていた。
しかし、名前では、昔のレイのことしか分からなかった。
『あとは、２０１６年３月３０日．．．』
サードインパクトからの帰還者の名簿をしらべてみた。

綾波レイの名前はあるものの、記録は抹消されていた。

「そういうことか．．．」
シンジが、モニターを見ながら呟いた。
 

昼のシフト終了のベルが鳴った。

「ふー、終わった終わった。」
日向が言う。
「飲みに行くかい？」
青葉が言う。
「そうだね。シンジ君も行くかい？」
日向がシンジを見て言う。
シンジが日向を見る。
「え、けど、僕、まだ、二十歳じゃないし．．．」
「大学に入ると、皆、飲んじゃうんだよね。法律違反だけど。」
日向が苦笑しながら言う。
「そういうものですか。」
「ま、そういうものかな。」
「．．．」
シンジが、日向から視線を外し、考えていた。
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モニターのこちら側 Genesis 5:26 完

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