第２東京大学の入試一日目が終わった。
「それでは、気をつけて帰ってください。」
いっせいに椅子を動かす音がして、皆、教室の外へ歩き出す。
シンジは、そんな光景を少し見て、そして、筆箱に鉛筆と消しゴムを入れ始めた。
教室の出口の列が短くなりはじめたころに、シンジが立ちあがった。

教室の出口を出ると、階段のところで、人が少しつまっていた。
「確か、反対側にも階段が．．．」
シンジが、逆の方に歩き出した。

階段を降りてドアを開け、外に出ると中庭が広がっていた。
通路は除雪されていたものの、木々には雪が積もっていた。
「どう出るんだっけ。」
鞄を開けて、キャンパスの全体図を取出すシンジ。
シンジは、少しの間、地図と風景を比べていた。
「あっちか。」
そう言って、歩き出そうとした瞬間、背後でドアの開く音がした。
シンジが、ドアの方を見ると、女の子が地図を見ながら周囲を見ていた。
卵型の顔に、栗色のショートヘア、大きな目、そして女の子にしては、酷く高い背。

かあさん？

あの時に会った母親を若くしたような、その姿を、シンジは呆然として見ていた。
少しすると、校門への行き方が分かったのか、女の子は、シンジの方に歩き出し、シンジの横を通りすぎた。
「あ、あの。」
シンジが、その女の子に声をかける。
女の子が振り向き、シンジを見る。
「はい。」
「あの．．．」
シンジは、次の言葉を捜して、どぎまぎしていた。
いぶかしげに、シンジを見る女の子。
「あの、校門まで行くんですよね？」
「ええ。」
「一緒に行ってもいいですか？初めて来たので、よく分からなくて。」
「ええ。」
女の子が微笑む。
シンジも微笑んだ。

「受験生、ですよね？」
歩きながら、シンジが口を開く。
「ええ。」
女の子が口を開く。
沈黙が流れた。

「どこの高校ですか？」
女の子が口を開く。
「あ．．．」
どう言えばいいか、考えるシンジ。
沈黙が流れた。

「あの。ちょっと事情があって、松代高校の通信制に通ってたんです。」
シンジが口を開く。
少しの間の後、
「私と似てますね。」
女の子が言った。
「松代高校の通信制？」
「高校は違いますけど。」
「そうなんだ。」
沈黙が流れた。

どうして？ そう聞こうとして、シンジは、その言葉を飲みこんだ。
初めて会った人に、そこまで聞いていいか分からないし、逆に、「あなたは？」と聞かれても、本当のことは言えない。そんなことを考えながら、次の言葉を捜していた。

「今日は、どんな感じだった？」
シンジが口を開く。
「数学はよかったけど、世界史が、あんまり．．．」
女の子が答える。
「そうなんだよね。僕は、地理を取ったけど、やっぱりあんまりできた気がしないよ。」
「そうですか。」
沈黙が流れた。

少し話しては黙りを何度か繰り返すうちに、校門に着いた。
「地下鉄？」
シンジが口を開く。
「ええ。」
「僕は、松代の辺りなんだけど．．．」
「私もそうです。」
「一緒に帰っていいかな？」
「．．．ええ。」
「ありがとう。」
シンジが微笑む。
女の子が微笑んだ。

「私、ここで乗りかえるので。」
シンジが女の子を見る。
女の子がシンジを見ていた。
「今日は、どうもありがとう。」
「どういたしまして。」
「あの．．．
  よかったら、明日、終わった後、あの出口で．．．」
女の子が、シンジから視線を外して、少し考えている。
女の子が、シンジを見た。
「ええ。それじゃ。」
「ありがとう。」
女の子が、手を振りながら地下鉄を降りていった。
シンジも、手を振って女の子を見送った。

何て言うんだろう、あの子。
シンジが、微笑みながら、地下鉄の天井を見上げていた。
 

第２東京大学の入試が終わった。
「ご苦労様でした。」
いっせいに椅子を動かす音がして、皆、教室の外へ歩き出す。
シンジは、そんな光景を少し見て、そして、筆箱に鉛筆と消しゴムを入れ始めた。
教室の出口の列が短くなりはじめたころに、シンジが立ちあがった。

教室を出て、シンジは、皆が行くのとは反対の方に歩き出した。
階段を降りて、ドアを開ける。
まだ、彼女は、来ていなかった。

しばらく待つと、ドアの開く音がして、彼女が出てきた。
「お待たせ。」
彼女の息が白く見えた。
「ううん。」
シンジが微笑む。
彼女が微笑んだ。
「行こう。」
彼女が言う。
「うん。」
彼女とシンジが歩き出した。

「お茶とかする？」
シンジが言う。
「家が厳しいから。ごめんなさい。」
彼女が、少し申し訳なさそうな口ぶりで言う。
「そっか。まあ、受験は、ほとんど終わりだけど、まだ、合格したわけじゃないしね。」
「今日は、どんな感じ？」
「特に失敗はないと思う。」
「そう。受かるといいね。」
「そうだね。一緒に通えるといいね。」
シンジが彼女を見る。
彼女がシンジを見ていた。
 

地下鉄車内
「発表、見に来る？」
シンジが少し大きな声で言う。
「ええ。」
彼女が少し大きな声で言う。
「朝一？」
「ええ。」
「９時だっけ？」
「たしかそう。」
「受かってたら、手続きが少しあるんだよね。」
「ええ。
  並ぶと結構時間かかるかもね。」
「そしたら、手続きの前に、９時半から１０時の間で、あそこで待ち合わせしない？」
「落ちてたら、いかなくてもいいの？」
沈黙が流れた。

「落ちてても、会いたいかな。」
シンジが口を切る。
シンジが、彼女を見た。
彼女が、シンジを見ていた。
彼女が、顔を前に向ける。
沈黙が流れた。

「それじゃ、私、ここだから。」
彼女が、立ちあがる。
「うん。それじゃ。」
シンジが、微笑む。
「またね。」
彼女が微笑んだ。
 

第２東京大学 合格発表日
シンジは、校舎の出口の前で、中庭を見ていた。
ドアの開く音がした。
シンジが振り向くと、彼女が立っていた。
「おはよう。」
彼女が微笑んで、歩いてくる。
「どうだった？」
彼女がシンジに尋ねた。
「受かったよ。」
「私も。」
彼女が微笑む。
シンジが微笑んだ。
「じゃ、書類取りに行こうか。」
「うん。」
二人が歩き出した。
 

喫茶店 ル・ブラン
「お待たせしました。」
ウェイトレスが、シンジの前にハンバーグセット、彼女の前に明太子スパゲティーセットを置いた。
「ごゆっくりどうぞ。」
ウェイトレスが、伝票を置いて、歩いていった。
「食べよう。」
「うん。」
シンジが、フォークとナイフを取り上げる。
彼女が、スパゲティーを口に入れる。
「おいしい。」
彼女が微笑んだ。

「あのさ。」
シンジが口を開く。
「ん？」
彼女が、口を動かしながら言う。
「名前、聞いてもいいかな？ 僕は、碇シンジって言うんだけど。」
彼女が、少し口を動かし、水を飲んだ。
彼女が、シンジを見る。
「綾波レイです。よろしく。」
目を見開くシンジ。
不思議そうな顔をするレイ。
『ただいま。碇君。』
シンジの頭の中で、懐かしい声がした。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
モニターのこちら側 Genesis 5:24 完

モニターのこちら側 Genesis 5:25へ

Evaメニューに戻る