「んー。」

シンジが手を伸ばし、目覚まし時計を止めた。
伸ばした手が床に落ちる。
シンジが、少し長く息を吐いた。

オーブントースターが音を立てた。
テレビから、朝のニュースが流れている。
「今日は一日晴れるでしょう。」
シンジが、オーブントースターからパンを取りだし、マーガリンをぬりはじめた。

日曜の朝。
洗濯機を回しながら、部屋に掃除機をかけていく。
洗濯物を屋根の下に干す。
布団を、窓の手前に広げた。
シンジが、部屋を出て、鍵を閉めた。

いつもの地下鉄に乗り、途中で、電車に乗り換える。
車窓に畑や田んぼが目立つようになり、そして、１時間ほどで終点に着いた。

駅からバスに乗る。
ほとんど人は乗っていなかった。
３０分ほど乗って。バスは終点に着いた。
 

第２新東京市 共同墓地

入り口で花を買い、しばらく歩くと、眼下に広大な広場が広がった。一定の間隔で並ぶ墓標。
「ただいま。」
そう呟くと、シンジは、階段を降り始めた。
 

ＩＫＡＲＩ ＹＵＩ １９７７−２００４

そう書かれた墓標の前に立つシンジ。

「人は思い出を忘れることで生きていける。だが決してわすれてはならないこともある。−−−ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここへ来ている。」
「写真とかないの？」
「残っていない。この墓もただの飾りだ。遺体はない。」
「先生の言ってたとおり、全部捨てちゃったんだね。」
「すべては心の中だ。今はそれでいい。」

シンジの頭の中に甦る会話。
「母さん。」
シンジが呟く。
シンジが、花束を置いて、手を合わせ、目を閉じた。
シンジが目を開き、墓標を見て、そして歩き出した。
 

ＳＯＲＹＵ ＡＳＵＫＡ ＬＡＮＧＬＥＹ ２００１−２０１５

そう書かれた墓標の前に立つシンジ。

第３新東京市立第壱中学校の校庭に埋葬した、アスカの遺骨の一部が、ここには埋葬されていた。大部分は、アスカの故郷、ドイツへ送られていた。

墓標の前に置かれた花束。
その前で、目を閉じ、手を合わせるシンジ。
「アスカ。」
シンジが呟く。
「僕は、結局、アスカに謝れなかった。」
シンジの脳裏に、ベッドの上で胸をはだけ、ケーブルが貼りつけられた、アスカが浮かぶ。
「最低だ．．．オレって。」

「ごめんよ。アスカ。」
シンジの手に涙が落ちた。
 

ＡＫＡＧＩ ＲＩＴＳＵＫＯ １９８４−２０１５

シンジが、墓標の前に花束を置く。
シンジは、しばらく墓標を見ていた。
シンジが手を合わせ、黙祷した。
 

ＩＢＵＫＩ ＭＡＹＡ １９９０−２０１５

シンジが、墓標の前に花束を置く。
しばらく墓標を見ていた。
シンジが、手を合わせ、黙祷した。
 

ＫＡＴＳＵＲＡＧＩ ＭＩＳＡＴＯ １９８５−２０１６

そう書かれた墓標の前に立つシンジ。
「久しぶりですね。ミサトさん。」
シンジが呟く。
墓標の前に花束を置き、手を合わせ、黙祷するシンジ。

シンジの脳裏に、拘束されていたころのことが思い出される。
 

ベルの音がしていた。
まだ眠っていたシンジが、目を開く。
「はい。」
「碇シンジ。出なさい。」
目を擦りながら、要領を得ない感じで、シンジがベッドから立ちあがる。
入り口から出ると、看守が二人立っていた。
「どうしたんですか？」
「医務室は分かるかね？」
看守の一人が言う。
「はい。」
いぶかしげな表情をしながら、シンジが言う。
「今から、医務室に行く。」
「はあ。」
シンジが歩き出し、その後を、看守二人が歩き出した。

シンジが医務室に入ると、医師が立ちあがり、ベッドの方に手を向けた。
シンジがベッドを見ると、ミサトがベッドに横たわっていた。
シンジがベッドに近づく。
ミサトは、眠っているように見えた。
「今朝、肺炎を起こして亡くなられました。」
医師が言う。
シンジが医師を見る。
そして、ミサトを見た。
「ミサト．．．さん？」
シンジがベッドに手をつき、そして、頬に手を触れた。
ひんやりとした感触。
「少し、布団を折ってもいいですか？」
シンジが言う。
「はい。」
医師が答える前に、シンジは、布団を折り、ミサトの胸に手を当てた。
ほんの少し暖かかった。
「ミサトさん．．．」
シンジが呟く。
ミサトのパジャマの胸に涙が落ちた。
 

『もう会えないの？』
シンジが頭の中で呟く。
その日以来、レイの声は聞こえなくなっていた。
そして、今も、レイの声は、聞こえなかった。

シンジが目を開き、墓標を見る。
そして、鞄を開いた。
中には、十字架のペンダントヘッドがあった。
シンジの証言に従い、戦自が回収し、そして、今、それは、シンジに渡されていた。
「ミサトさん。」
それを見ながら、シンジが呟く。

シンジは、再び、墓標を見て、そして、出口へと歩き出した。

『碇君。』

そんな声が聞こえたような気がして、シンジが振りかえると、そこには、あの時と同じ、制服姿のレイが立っていた。
微笑むレイ。
シンジが目を見開き、口を開こうとした瞬間、レイは姿を消した。
『綾波。』
シンジが頭の中で言う。
答える声はなかった。

しばらく立ち尽くしていたシンジは、小さく苦笑すると、呟いた。
「また来るよ。」
『綾波。』
そうシンジが頭の中で言うと、
『ええ。』
そんな声が聞こえたような気がした。

シンジは、微笑むと、出口に向かって歩き出した。
 

布団に横になり、シンジは、窓から空を見ていた。
満月が青白く光っていた。
「満月か。」
シンジが呟く。

「綾波は、何故コレに乗るの？」
「−−−絆だから．．．」
「絆？」
「そう．．．絆。」
「父さんとの？」
「−−−みんなとの．．．」
「強いんだな．．．綾波は。」
「私には、他に何もないもの．．．」
「他に何もないって−−−」
「時間よ。行きましょう。
  じゃ、さよなら。」

満月の前に立つレイを、その会話を思い出していた。
「僕には、あったんだろうか．．．
  絆なんて．．．」

『！』

改めて、満月を見るシンジ。

『綾波？！』

ほんの少し口を歪めて微笑むシンジ。
枕に涙の跡がついた。
 

「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはよう。」
シンジが、資料室に入ると、いつものように、青葉、そして日向が先に来て、端末に向かっていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
モニターのこちら側 Genesis 5:20 完 

モニターのこちら側 Genesis 5:21へ

Evaメニューに戻る