「ミサト？」
向かい側の壁を見ながら呟いた。
「何？」
ミサトが気だるそうに答える。
「今日は、ここでゆっくりしようか。」
「．．．」
「ミサト、昨日、帰ってきたばっかりだし。」
「そうね．．．それがいいかもしれない。」
ミサトが呟く。
ミサトを見た。
ミサトが床に視線を落としていた。
「ミサト？」
ミサトが床を見ている。
「部屋に戻らない？」
ミサトが頷いた。

ゆっくりと立ちあがった。
ミサトを見る。
ミサトが私を見上げていた。
「どうしたの？」
ミサトに言う。
ミサトが手を伸ばした。
「．．．」
ミサト．．．
ミサトの手を取って、引っ張った。
ミサトが、人形のように不自然に立ちあがる。
「ミサト？」
「ん．．．ありがと．．．」
ミサトが、あらぬ方をみて呟く。
「ちょっと、ミサト。しっかりして。」
ミサトが、焦点の定まらない目で私を見る。
「ねえ、アスカ？」
「な．．．何？」
大丈夫よね．．．
「私、何してたんだろう．．．」
「！」
あ．．．
「部屋にいこう。ミサト。」
「うん。」
ミサトの手を引っ張りながら、ミサトの部屋へと歩く。
ミサトの手が、やけに重い。
嘘でしょ．．．これ．．．
口の中で呟いた。

ミサトの部屋に入る。布団が敷いてあった。
「ちょっと座ってて。」
「うん。」
ミサトを布団の脇に座らせた。
毛布を取り、シーツを直して、枕を置いた。
「いいよ。ミサト。」
「うん。」
ミサトが布団を見ている。
「ミサト。」
ミサトの手を引いて、布団に寝かせた。
ミサトに毛布を掛ける。
布団の脇に座って、ミサトを見た。
ミサトが私を見る。
「ミサト。」
「．．．」
ミサトが毛布から手を出す。
ミサトの手が私の手を掴んだ。
「手を繋いでいて。」
「あ．．．」
「一人で寝るのは嫌なの。」
「．．．」
「怖いことを思い出すの。」
「．．．」
「ね．．．助けて．．．」
「．．．」
沈黙が流れた。

「シンジ君．．．」
ミサトが呟く。
「呼んでよ．．．」
ミサトが呟く。
「アスカが嫌なら．．．シンジ君に頼むの．．．」
ミサトが呟く。
沈黙が流れた。

「ちょっと．．．待ってて．．．」
やっとの思いで声を出した。
立ちあがって、押入れから敷布団を出し、ミサトの隣りに敷いた。毛布を掛け、枕を置いた。
毛布の中にもぐりこんだ。
「ミサト。」
ミサトと手を繋いだ。
「ありがと。」
ミサトが呟く。
ミサトを見た。
ミサトが上を向いている。閉じた目から、涙が流れていた。
天井を見た。
 

「．．カ．．．アスカ。」
「ん．．．」
「アスカ。」
目を開けた。
シンジが私を見ていた。
「あ。シンジ。」
「お昼だけど。」
「うん。ありがと。」
思い出した。
「ミサトは？」
「うん．．．」
シンジが隣りの布団に視線を移す。
思わず、起きあがった。
「起きてるみたいなんだけど．．．変なんだ。」
ミサトは、天井を見ていた。なんの表情もなく。
手．．．手が離れてしまっていた。
嫌な予感がした。
毛布の中に手を入れて、ミサトの手を探した。

あった！

ミサトの手を握った。
ミサトが顔を動かして、私の方を見て、そして、口を動かした。
「ママ．．．」
背筋に冷たいものが走った。
「ミサト？」
呆然としながら、口を動かした。
「ミサト、怖い夢を見たの。」
「．．．」
「パパが死んじゃうの。」
「．．．」
「パパが、ミサトを箱の中に入れるの。」
「．．．」
「暗くて寒い海に一人でいるの。」
「．．．」
ミサトが泣いていた。
ミサトを抱き上げて、抱きしめた。
「もう大丈夫よ。ミサト。」
「うん。ママ。」
涙が出た。
沈黙が流れた。

涙を拭った。
「ミサト？」
「何、ママ？」
「お昼ご飯、食べましょう？」
「うん。」
ミサトから手を離した。
「食堂、分かる？」
「うん。」
「じゃ、先に行っててくれる？」
「ママは？」
「あ．．．」
ミサトがシンジを見る。
「パパとお話があるの？」
「そ、そうなのよ。だから、先に行っててくれる？」
「分かった。早く来てね。」
ミサトが私に微笑む。
ミサトに微笑んだ。
ミサトが部屋から出ていった。

「アスカ？」
シンジが口を開く。
「何？」
少し投げやりな口調になったかもしれない。
「ミサトさん．．．」
シンジが呟く。
少し考えていた。
「ミサト、セカンドインパクトを起こした調査隊の、たった一人の生き残りなのよ。」
「．．．」
「あの時、父親を亡くしたんだって。仇討ちのために、今まで生きてきたのよ。」
「．．．」
「それが終わって。けど、レイがリリスと同化して人類をＬＣＬ化した、と聞いて何かが壊れたのよ。」
「．．．」
「あの時に戻ってしまった。」
シンジを見た。
シンジが床を見ている。
シンジから目をそらした。
「今朝、手を繋いで寝てくれ、って言われたの。」
「．．．」
「一人で寝るのは嫌だって。」
「．．．」
「私が断るなら、シンジを呼んでって。」
「．．．」
「だから、手を繋いで寝た。」
「．．．」
「けど、ミサトは、それでは、現実に耐えられなかった。」
「．．．」
「私．．．間違ってたのかな。」
「．．．」
「シンジを呼べばよかったのかな。」
「．．．」
「シンジに、続きをしてもらえばよかったのかな。」
「．．．」
沈黙が流れた。

「アスカは．．．間違ってないよ．．．」
シンジが呟く。
「大丈夫だよ．．．きっと．．．」
シンジが呟く。
沈黙が流れた。

「ママ？」
ミサトの声がした。
入り口を見た。
「あ。」
「お昼、まだ？」
「ごめんね。ミサト。すぐ行くから。」
「早く、早く。」
シンジを見た。
「シンジ。」
「うん。」
立ちあがって、ミサトの方に歩を進めた。
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モニターのこちら側 Genesis 3:11 完 

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