葛城三佐の部屋に入っていくと、加持一尉が宿帳を書いていた。
「ここに全員書いてしまっていいですか？」
「はい、結構です。」
私達の分も書いてくれている。所属はネルフということにしたようだった。
「以前、いらっしゃいましたか？」
「ええ。あの時は、あの子と私、それに男の子一人だったんですけど。」
葛城三佐がアスカを見ながら言う。
「そうですか。ありがとうございます。食事は、何時にいたしましょうか？」
「６時半からでしたっけ？」
「ええ。朝は、７時でよろしいですか？」
「どうしようか？」
「８時にしとくか？」
「いいですか？」
「ええ。結構です。」
「じゃ、そういうことでお願いします。」
「かしこまりました。大風呂、もう入れますので。どうぞお寛ぎください。」
仲居さんが出て行く。

「じゃ、湯畑だけ、見に行くか。」
「ええ。」
アスカを見た。
アスカが私を見ている。
アスカに肯いた。

皆で玄関へ歩いていく。見慣れない廊下。壁。階段。妙な感じ。
宿を出て左へ歩いていく。道沿いに露天の公衆浴場。
「ここって、やっぱり、水着着て入るの？」
「うーん。混浴じゃないと思うけど、外から見えないようにってのはあるわね。」
「そう。」
「持ってきたの？」
「うん。レイのアドバイスで。」
「そうなの。」
葛城三佐が私を見ている。

道の両側に温泉宿、土産物屋が並ぶ。
「湯の花って？」
アスカに聞いた。
「ああ。温泉って、ただのお湯じゃなくて、色々な物が溶けてるのよ。その溶けてるものを取り出したのが湯の花。」
「そういうもの。」
「そ。」
「あと、お漬物とおまんじゅうが多いわね。」
「温泉って、そういう所なのよ。」
「そう。」
「そういうこと。そろそろ着くわよ。」
少し歩くと広場のような所に出た。湯気が立ち上り、一段と硫黄の匂いがきつくなる。広場には、たくさんの木の箱が置かれ、湯が流されている。下の方では、湯が滝のように流れている。
「湯畑よ。」
「そう。」
「これで、旅館にお湯を配ってるの。」
「面白いわね。」
「そうね。」
しばらく、湯畑を見ていた。
「戻るか？」
加持一尉が声を掛ける。
「ええ。」
アスカが答えた。
「じゃ、行こう。」
アスカが私に言う。
アスカに肯いた。

葛城三佐が加持一尉に腕を絡ませて、歩いている。
アスカが、それを見ていた。
「アスカ。」
「ん？」
アスカの左腕に腕を絡めた。
アスカが私を見る。
「．．．」
「．．．」
少し、歩くペースが緩やかになった。皆、黙って宿に歩いていく。

「着替えてから行く？」
葛城三佐がアスカに言う。
「うーん。着替え持っていくわ。ちょっと、うざったいけど。」
「そう。じゃ、ここで待ち合わせね。」
「了解。」
部屋の前の廊下で相談して、部屋に入った。ドアを閉める。
アスカがバッグを開けて、ボディシャンプーと下着を取り出し、トートバッグに移し替えている。私も、同じようにした。
アスカが作り付けの箪笥を開けて、浴衣とタオルを取り出した。
「レイ、はい。」
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
アスカが浴衣とタオルをバッグに入れている。
「いい？」
「ええ。」
「じゃ、行きましょ？」
アスカに肯いた。

廊下に出ると、葛城三佐と加持一尉が浴衣に着替えて待っていた。
「お待たせ。」
鍵を閉めながら、アスカが言う。
「ううん。大したことないわ。」
「じゃ、行きましょ。」
「ええ。」
葛城三佐が加持一尉の方を見る。加持一尉が肯いた。

露天風呂の入り口。
「それじゃ、ごゆっくり。」
加持一尉が言う。
「ええ。後でね。」
葛城三佐が答えた。

３人で脱衣所に入った。
葛城三佐とアスカが服を籠に入れはじめる。
ネルフの大浴場と似ていた。
スカートのホックを外して、ファスナーを下ろし、足を抜いて、籠に入れる。
ブラウスのボタンを外して、脱いで、軽くたたんで、籠へ。
ブラジャーの肩紐をはずし、手を後ろに回してホックをはずし、籠へ。
ショーツを下ろし、足を抜いて籠へ。
最後に靴下を脱いだ。

アスカを見た。
アスカが私を見ていた。
「いい？」
「ええ。」
タオルとボディシャンプーを持って浴場へ。
内風呂を通って、露天風呂へ。

竹の柵に囲われた露天風呂。風呂は自然石で囲われ、周囲には、常緑樹が植え込まれている。
空が赤くなっていた。
葛城三佐が、お湯につかっている。

アスカが手桶を取って、湯船へ。
私も、手桶を取って、アスカの隣に。
アスカが、湯船に、そっと手を入れる。
「あいかわらず、熱いわね。」
「ええ。」
目をつぶったまま、葛城三佐が答えた。

アスカが手桶にお湯を汲み、足にかけている。
「あつっ。」
アスカが顔をしかめる。
また、手桶にお湯を汲み、お腹、腰を流している。
次に肩から。
「さぁてとぉ。」
アスカが、そろそろと足を湯船に沈めていく。
私も、手桶にお湯を汲み、ゆっくりと足にかけた。
熱さで、足がピリピリする。
また、お湯を汲み、お腹、腰を流した。
そして、肩から。
思わず、息を止める。
ゆっくりと、足を湯船に、そして、少しずつ体をお湯に沈めていく。
じっとしていると体がお湯になじんでくる。息を吐いた。
アスカを見た。
アスカが私を見ている。アスカが微笑んだ。
「いいでしょ？露天風呂って。」
「不思議な感じね。」
「天井がなくて、風が吹いて。」
「ええ。」
アスカに微笑んだ。

ザバッ。
葛城三佐が立ち上がり、こちらに歩いてくる。そして、湯船の縁に腰を下ろした。
ザバッ。
アスカも立ち上がり、葛城三佐の右脇に腰を下ろす。
私は、アスカの脇に腰を下ろした。

「加持さんと一緒じゃなくてよかったの？」
「ここ、混浴の露天風呂はないのよ。それに夕飯前に一緒に入ってもね。」
「不潔。」
「そんなこと言ったって。話しの振りが悪すぎるわ、アスカ。」
「へいへい。私が悪うございました。」

「レイは、露天風呂は初めて？」
「ええ。」
「そう。結構いいでしょ？」
「はい。」
「本当は、お酒があると最高なんだけどねー。」
「ミサトも、相変わらずねー。」
「けど、風呂上がりのビールも捨て難いしー。」
「まったく、全然、進歩がないんだから。」
「人間、そんなもんよ。」
葛城三佐が、そう言って微笑む。
アスカも、微笑んでいる。
思わず、微笑んだ。

「そういえばさ、この前来たときのこと憶えてる？」
「なんだっけ？」
「ボディーシャンプーがなくなっちゃって．．．」
「あー、シンジ君に投げてもらったら、アスカにあたっちゃったのよね。」
「そうそう。私、思わず、『イタッ、バカね！どこ投げてんのよ、下手くそっ！』
とか言っちゃって、そしたら、シンジ、いつものように『ゴ、ゴメン』なんて言
っちゃって．．．」
アスカを見た。
「ほんと、バカよ．．．ね．．．」
アスカ．．．
「あれ．．．私、なんで．．．泣いてるんだろ．．．」
「アスカ．．．」
両手でアスカの頬をやさしく包み、親指で涙を拭った。
「泣かないで、アスカ．．．」
「そういう、アンタこそ、 ウ．．．泣いてんじゃない．．．」
アスカの目を見た。
「ごめん、ね。」
アスカを抱きしめた。
「ごめん、ね、じゃ．．．グス．．．ないわよ。なんで、ヒック、泣いてるのよ。」
「ごめんね．．．アスカ。」
「だから、ウ、ごめんねじゃ．．．
  う．．．うう．．．
  うわぁ．．．ぁ．ぁ．．．」
「．．．」

ザバッ。
葛城三佐が内風呂に入っていった。

しばらくして、アスカが泣き止んだ。
アスカを抱きしめていた。
「．．．レイ？」
「．．．何？」
「なんでもない。」
「そう。」
「．．．」
「お湯、はいらない？」
「．．．」
「風邪、ひくわ。」
「．．．そうね。」
アスカから離れた。
アスカが湯船に肩を沈める。
アスカの隣でお湯につかる。
アスカを見た。夕日に染まるアスカ。

「あがろうか。」
アスカが私を見ている。アスカに肯いた。

内風呂を通りながら、アスカに言った。
「頭洗う？」
「時間あるかしら。」
脱衣所に出て時計を見る。５時４０分。葛城三佐が椅子にかけていた。
「ミサトさん？」
「もう出るの？」
「まだ、頭とか洗ってないんです。」
「そう。まだ時間あるから、ゆっくりしてていいわよ。」
「はい。」

内風呂に戻った。
「あと、５０分。」
「そう。じゃ、大丈夫ね。」
洗い場に並んで座り、頭を洗い、体を洗った。
最後に内風呂につかり、シャワーで少し冷ましてから、脱衣所へ。
６時１０分。葛城三佐は、もういなかった。
手早く体を拭いて、下着を着け、浴衣を着る。
服を入れたバッグを持って、部屋へ。
「ちょうど、ぴったりかな。」
「そうね。」
「夕飯食べて、しばらくしたら、また入ろう？」
「温泉、好きなのね。」
「そ。好きなのよ。」
そう言ってアスカが笑った。

部屋に戻ると、食事の用意がしてあった。
「一緒に食べるんじゃなかったのかな？」
「聞きにいく？」
「けど、ここまで用意ができてて、今更、一緒に食べるってこともないわね。」
「．．．」
「一応、明日の予定とか聞きに行ってみようか。」
「ええ。」

アスカが、ドアをノックする。
「はーい。」
葛城三佐の声。
「ミサト？入るわよ。」
「どうぞ。」
部屋では、加持一尉と葛城三佐が夕飯を食べはじめていた。
「一緒に食べるんじゃなかったの？」
「んー。なんとなくね。二人で食べたくなったのよ。」
「そう。それで、明日は？」
「どうする？加持？」
「朝飯が８時。チェックアウトが１０時。とりあえず、０９５０に入り口で待ち合わせってことにしようか？」
「いい？」
「了解。それじゃ、ごゆっくり。」
「ありがと。」
アスカがドアに歩いていく。
葛城三佐と加持一尉を見ていた。
「何？レイ。」
「いえ、何も。」
襖を閉め、ドアを閉めた。アスカが待っていた。
「レイ？」
「何？」
「ううん。なんでもない。」
アスカが手を繋いできた。
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モニターのこちら側 Genesis 2:6 完 

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