ふと、我に返って、マヤの方を見た。マヤが私を見ていた。 
なんとなく視線を戻し、俯いた。 
「．．．ずっと．．．見てたの？」 
「ええ。」 
「．．．そう．．．ありがとう．．．」 
顔が火照るような気がした。 
「ね。もう出ない？」 
「え？ええ。」 
マヤの答えを聞いて、立ち上がった。 
視界が暗くなった。貧血ね。湯船の縁に手をついて少しじっとしていた。 
「先輩？」 
マヤの声がした。視界が明るくなり始める。まだ少し頭の中がざらざらする。 
「大丈夫。ちょっと立ち眩みがしただけだから。」 
マヤの方を見て、少し笑みを作った。 
「先輩．．．」 
心配そうな顔のマヤ．．． 
「本当に大丈夫だから、そんな顔しないで、マヤ。」 
そう言いながら、足元に目線を落として、慎重に湯船から出た。 
ザバッ、バシャ。 
マヤが横に立っている。 
「ね、大丈夫でしょ？」 
マヤを見た。 
「はい。」 
マヤが微笑んでいた。 
「あがりましょ。」 
「はい。」 
脱衣所に歩きはじめた。 

脱衣所の長椅子に腰掛けた。 
マヤが隣りに腰掛ける。 
扇風機の首が回り、風が、ときどき流れてくる。 
蝉の声が聞こえる。 
床板の木目を見ていた。 
温泉．．．か。 
息をついた。 
ふと思い付いてマヤに聞いた。 
「温泉、よく来るの？」 
「いいえ。休みは、家の中のことをするだけで、終わっちゃいますから。」 
そうよね．．． 
「先輩は？」 
「マヤと同じよ。」 
「そうですよね。それに、何時、使徒が来るかもわからないし。今日だって．．．」 
「．．．」 
そう．．．概ね決まってはいるのだけどね．．． 
沈黙が流れた。 

「出ましょうか？」 
「はい。」 
汗が引いてきたので、服を着て、脱衣所を出た。 

ゲームとジュースの自販機がある。 
「喉、乾きません？」 
「ふふふ。そうね。」 
二人並んで、自販機の前に立った。コカコーラのビンの自販機と、大塚製薬の自販機だった。 
「マヤは？」 
「ジャワティーと言いたいところなんですけど．．．先輩、お先にどうぞ。」 
「クスクス。わかったわ。」 
お金を入れて、ポカリスエットのボタンを押した。取り出し口から缶を取り出した。 
「じゃ、お先に。」 
「はい。」 
マヤは、ビン入りのファンタオレンジを買っている。 
「マヤ、それ、体に悪そう。」 
「い、いいんです、たまには。」 
2人して笑った。 

宿の外に出た。太陽の光が柔らかくなってきている。 
「この次は、どこに行くの？」 
「特に決めてないんですけど。」 
「そう．．．」 
そろそろ、街中に戻ったほうがいいわね。 
「じゃ、とりあえず、新宿に行きましょうか。」 
「はい。」 
「ここからだと、バスかしら。」 
「そうですね。」 
バス停に歩きはじめた。 
「晩御飯、何か考えてる？」 
マヤに聞いてみた。 
「いいえ．．．そうですね．．．どうしましょうか。」 
バス停に戻って、時刻表を見た。１５３０。あと２０分位あった。 
バス停のベンチに腰掛ける。 
隣りにマヤ。 

「マヤって、指輪の号数、いくつ？」 
「え？」 
マヤが、驚いたような顔をして、私を見ている。 
ロープウェイの山麓駅で見てたじゃない。 
「．．．」 
マヤが前を向いて、目線を落とした。 
「あの、１２号ですけど．．．」 
「右手の薬指？」 
マヤがピクッと体を震わせる。マヤの頬に赤みがさすような気がした。 
「いえ．．．左手の薬指．．．です。」 
「そう。」 
１２号．．．ね。 
「あの．．．」 
「なに？」 
「右手の薬指は、１３号なんです。」 
「そう。」 
「あの．．．左手、１３号でも、大丈夫ですから．．．」 
「そう。」 
沈黙が流れた。 

「先輩は？」 
「え？」 
「先輩の指輪の、号数．．．」 
マヤ、俯いている。 
「１３号に、１４号じゃなかったかしら。」 
「左手の薬指と、右手の薬指ですか？」 
「ええ。そうよ。」 
「そうですか。」 
その後は、二人共黙っていた。 

バスがやってきた。カードを取って乗り込む。中ほどに並んで座った。 

「．．．き．ください。先輩。」 
マヤが私を見ている。 
「マヤ？」 
眠っていたらしい。 
「もうすぐ着きますから。」 
「そう。ありがとう。」 
バスが止まった。 

バスは、西口に着いた。１６３０。 
「デパートでお惣菜買って、家で食べましょうか？」 
マヤが言った。 
「そうね。だったら、家に来る？」 
「あの、いいんですか？」 
「もちろん。歓迎するわ。」 
「うれしいです、先輩。」 
マヤが右腕に抱きついてきた。 
「ちょっと、マヤ．．．」 
「あ、ごめんなさい。」 
マヤが腕から離れた。 
「けど、少し時間をつぶしてから買いに行った方がいいわね。」 
「あ、そうですね。」 
「とりあえず、デパートに行きましょうか。」 
「はい。」 
そう言って歩き始めた。 

「マヤ、どういうのが好き？」 
指輪のショーケースを見ながら言った。 
「そうですね．．．」 
マヤが真剣な顔をして指輪を見ている。 
そんなマヤを見て、なんとなく微笑んでいた。 
「これなんか、好きですけど。」 
マヤの指の先に、楕円のルビーを埋め込んで止めたプラチナのシンプルな指輪があった。 
「そう。こういうのは嫌い？」 
カットしたルビーの周りにダイヤをあしらった指輪を指さした。 
「そうですねー。ルビーのカットはいいですけど、周りのダイヤは．．．」 
「そう。あんまりボリュームのあるのは、好きじゃないの？」 
「ええ。」 
「マヤらしいわね。」 
「そうですか？」 
「そうよ。」 
そう言って、マヤを見た。マヤが私を見て微笑んでいた。 
「じゃ、あれは？」 
カットルビーを埋め込んだプラチナのリングを指さした。 
「ええ。けど、やっぱり、あっちの方が。」 
マヤが、さっきのリングを見ている。 
「そう。」 
目を上げて、店員さんを探した。 
「あの、すみません。」 
「はい。」 
「これ、１２号はありますか？」 
「はい。」 
「見せていただけますか？」 
「少々お待ちください。」 
店員さんが鍵を開けはじめる。 
「あ、あの、先輩？」 
マヤが小声で話し掛ける。 
「何？」 
「あの、まさか．．．」 
店員さんを見たまま答えた。 
「嫌？」 
「いえ．．．そんなことはありませんけど．．．けど．．．」 
頬が熱くなったような気がした。 
「こちらです。」 
店員さんが私の方を見た。マヤの方を見る。 
店員さんがマヤを見た。 
「マヤ。」 
「はい。」 
マヤが指輪を受け取り、左手の薬指にはめている。 
「いかがですか？」 
「あ、はい．．．」 
マヤが左手を見ている。 
「お似合いですよ。」 
「．．．」 
マヤが頬を染めて俯いている。 
「じゃ、これ、お願いします。」 
「かしこまりました。」 
「カードでいいですか？」 
「はい、結構です。」 
店員さんにカードを渡した。 
「先輩．．．」 
潤んだ目で、マヤが私を見つめている。 
「素敵よ、マヤ．．．」 
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モニターのこちら側 Genesis 0:4 完 

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