テーブルの上のオーブントースターが音をたてながら厚手に切ったフランスパンを焼いていく。香ばしい匂いが漂いはじめた。 

マヤの部屋．．． 
昨日、ドアの前で、マヤが帰ってくるのを待った部屋．．． 
昨日、マヤに好きと言った部屋．．． 
昨日、泊った部屋．．． 

目の前のコップを取り上げ、ハーブティーを一口飲んだ。 

マヤがレタスとプチトマトのサラダを盛った皿を持ってくる。 
「先輩、食べましょ。」 
 
 

「ねぇ、先輩？」 
洗いものを終えたマヤが、私の方を見ている。 
「なに、マヤ？」 
「今日、休んじゃいません？土曜だし。」 
「え？」 
「ね、先輩？」 
「．．．」 
「それで、デートしましょう？」 
デート、か．．． 
「だめ．．．ですか？」 
少し悲しそうな顔で私を見るマヤ．．．しょうがないわね。 
「わかったわ。じゃ、ノート貸して。メール打つから。」 
「はい。」 
嬉しそうに微笑むマヤ。まったく、げんきんな子ね。 
「それで、どこに行くの？」 
「ふふふ。ナイショです。」 
マヤは、そう言うと私にウインクした。 
 
 

身支度を整えて外に出た。マヤに借りた水色のブラウスと青のスカート。 
マヤは、黄色のＴシャツに黄緑のパンツ。 
「どこに行くの？」 
「とりあえず、地下鉄に乗ります。」 
そう言うとマヤは、私の左腕に右腕をからめ、駅の方へ歩き出した。 
「マヤ．．．」 
「うれしいです。先輩。」 
マヤはそう言って、私に微笑んだ。 
 
 

箱根町行きの地下鉄に乗った。 
「芦ノ湖にでも行くの？」 
「はい。」 
「そう．．．」 

地下鉄特有のノイズが周りを流れていく。 
社内のつり広告。 
平穏な日。 
隣りのマヤを見た。マヤが私を見ている。マヤが目を伏せ、前を向いた。 
前を見た。車内灯が窓ガラスに映っている。マヤと私が映っている。 
流れていくトンネル内の照明。 
「マヤ？」 
少し大きな声。 
「はい？」 
「二人でのんびりしたいわね。」 
「．．．」 
うつむいたまま、マヤが手を重ねてきた。 
 
 

地下鉄の出口を出る。眩しい光。日が高くなり熱を持った空気の圧力を感じる。 
「それで、どこに行くの？」 
マヤを見た。 
「あそこ、どうですか？」 
マヤの指差す先を見ると、芦ノ湖に突き出す半島があった。 
「恩賜箱根公園．．．暑くないかしら。」 
「昼前に戻ってくれば、大丈夫です。」 
「そう。ま、いいわ。」 

二人で石段を上っていた。 
「ふー。これ、何段あるの？」 
「200段みたいですけど。」 
「はぁ。歳かしらね。ちょっと、こたえるわ。」 
「もうちょっとですから。」 
「そうみたいね。」 
もう少しで終わりそうな石段を見上げた。 

展望台に着いた。 
「きれいね。」 
白くけぶる空に水色の富士山が浮かび、手前には蒼い芦ノ湖が広がっている。 
涼しげな風が顔を撫ぜていく。 
「ええ。」 
そう言って、マヤが肩を寄せてきた。 
 
 

箱根公園を出て、箱根町に戻ってきた。 
「遊覧船乗ろうか。」 
マヤに言った。 
「ええ。じゃ、券買ってきますね。」 
「あ、ちょっと、マヤ。」 
マヤは発券所に駆けて行ってしまった。 
まったく、あの子ったら．．．お茶でも買っておこうかな。 
辺りを見回すと、ジュースの自動販売機があったので、コーヒーと紅茶を買った。 
「先輩。」 
「マヤ、お疲れ様。」 
そう言って、紅茶の缶を渡す。 
「あ、ありがとうございます。」 
「どういたしまして。」 
「出港は、１１２０だそうです。」 
「そう、あと、１５分位あるわね。」 
「あの、お昼、どうします？」 
「マヤは、どうするつもりだったの？」 
「実は、考えてなかったんです。けど．．．」 
「けど？」 
マヤが土産物屋の一つを指差す。 
「あそこで売ってるお弁当を買って、駒ヶ岳の頂上で食べるのがいいかなっ 
て．．．」 
「それ、いいわね。そうしましょうか。」 
「よかった。」 
笑みを浮かべながら、マヤが言った。 
「じゃ、早速、買いにいきましょ。」 
「はい。」 

マヤはサンドイッチ、私は、山菜弁当を買って、遊覧船に乗り込んだ。 
箱根神社の大鳥居を右に見て、しばらく船内放送を聞き流していると、箱根園に着いた。 
「先輩、降りましょ。」 
先に席から立ち上がったマヤが手を差し出している。 
「ええ。」 
マヤの手を取って立ち上がった。 
 
 

箱根園の桟橋から土産物店街を通り抜け、駒ヶ岳ロープウェイの山麓駅に歩いていく。バスターミナルから階段を上ると、山麓駅の階段が見えた。 
「エレベーターで上がります？」 
「とりあえず、ボタンを押してみようか。」 
私がボタンを押すと、すぐに扉が開いた。 
「ちょうど、来てたみたいね。」 
「ええ。ラッキーですね。」 
「ふふふ。じゃ、乗りましょ。」 
「はい。」 
エレベーターは、すぐに止まり、ドアが開いた。 
打ちっぱなしのコンクリートの壁。発券所が左手に見える。 
発券所の前を通り、改札の列の後ろに並ぶ。 
「あ、来たみたいですね。」 
ロープウェイが見えた。列が動きはじめる。遊覧船に乗るときに買った芦ノ湖フリー切符を見せて改札を通った。ロープウェイに乗り込む。 

しばらくして、ガイドさんが乗ってきて、扉が閉められる。ロープウェイが動き 
はじめた。視界が広がって駒ヶ岳の山肌、木々が目に入る。 
「眼下に広がるのは芦ノ湖でございます。」 
振り向くと芦ノ湖をバックに、マヤが私を見ていた。 
 
 

山頂駅でウーロン茶の缶と温泉まんじゅうを買った。 
外に出ると、緑の丘が広がっている。ところどころにベンチが作ってある。 
「あそこにしませんか？」 
遊歩道脇の芦ノ湖が望めそうなベンチを、マヤが指差す。 
「そうね。」 

「きれいね。」 
お弁当と、おまんじゅうを食べて、ウーロン茶を飲みながら、言った。 
「ええ。」 
マヤが言った。 

「さ、そろそろ行きましょうか。」 
「ええ。」 
そう言って立ち上がると、突然マヤが言った。 
「あの、すみません。」 
マヤが通りかかったカップルに声をかけている。 
「写真撮ってもらえますか？」 
「ええ。いいですよ。」 
カップルの男の方が答えた。 
マヤが小走りにかけていく。 
「あの、ここ、押せば撮れますから。」 
「分かりました。」 
マヤが戻ってきた。 
「先輩！」 
マヤが私の右手に抱きついた。 
「マ、マヤ？！」 
「先輩、笑って！」 
「マ．．．」 
「お願いしま〜す！」 
マヤは、私の右手を抱えながら、頬を肩に寄せてカメラに微笑んでいる。 
しょうがないわね。 
自然に微笑んでいた。 
「じゃ、撮りま〜す。はい、チーズ！」 
カシャッ。 
「ありがとうございました。」 
「どういたしまして。」 
戻ってくると、マヤ、早速、プレイバックモードにして、今の写真を見てる。 
「先輩、はい。」 
カメラを渡された。 
本当に幸せそうな二人がモニターに映っていた。 
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モニターのこちら側 Genesis 0:2 完 

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