「レイも行く？」
レイを見た。
レイが私を見る。
「かまいません。」
「じゃ、あとで、呼びに行くね。」
「はい。」
先輩を見た。
先輩が頷いた。
「明日はどうするんですか？」
「１０時チェックアウトで、軽井沢に寄って帰ることになってるけど。」
「そうなんですか。」
「．．．」
先輩が、目線をそらして、何かを考えている。
先輩が私を見た。
「朝、この辺り、歩いてみる？」
「あ、いいかもしれませんね。湯畑とか。」
「そうね。お店が開いてないかもしれないけど、湯畑は見たいし。」
「湯畑って？」
レイが聞く。
「お湯を宿に配るために、器が階段状に並んでいるところよ。」
先輩が説明する。
「そうですか。」
レイが、何か想像するような目をしている。
沈黙が流れた。

「失礼します。」
仲居さんが入ってきた。
「あ、ごちそうさまでした。」
「お粗末様でした。
　明日の朝食は、何時になさいますか？」
仲居さんが器を片しながら聞く。
先輩を見た。
「そうですね．．．
　８時でいいかしら？」
先輩が私を見ながら言う。
「あ、はい。」
「それじゃ、８時でお願いします。」
「かしこまりました。」
「それじゃ、ごちそうさまでした。」
先輩が、そう言って立ちあがる。
「お粗末様でした。」
「「ごちそうさまでした。」」
私達も立ちあがって、部屋を出た。

レイの部屋の前に来た。
「明日、７時に移動開始で、いいかしら？」
先輩がレイに言う。
「分かりました。」
「それじゃ、後で。」
「はい。」
レイが部屋の鍵を開け、入っていった。

部屋に入ると、テーブルが片され、布団が敷かれていた。
「どっちにします？」
布団を見ながら、先輩に聞いた。
「別の布団で寝るの？」
背中から先輩に抱きしめられた。
「あ．．．」
顔が熱くなるのが分かった。
「マヤ。」
ゆっくりとひざまづいて、布団に倒れこみ、そして、仰向けになった。
すぐ近くに、先輩の顔。
「部屋．．．別にしてよかったですね．．．」
「知ってるのかもしれないわよ．．．レイ。」
「あ．．．」
鼓動が早くなる。
そうなのかもしれない。
先輩が私を見つめる。
思わず、目を閉じた。
先輩の唇が、私の唇を塞いだ。

先輩の唇が離れた。
「マヤ。」
先輩が呟く。
「．．．」
目を開けた。
先輩を見た。
「する？」
先輩が呟く。
「．．．」
先輩に肯いた。
先輩が少し怖いような笑みを浮かべる。
「かわいいわよ。マヤ。」
先輩の唇が、再び私の唇を塞ぐ。
先輩の手が浴衣の袷に触れた。

．．．

先輩が、私に浴衣をかける。
「早かったわね。」
タバコに火を点けながら、先輩が呟く。
「あ．．．だって、レイが待ってるから。」
「やさしいんだ。」
「．．．意地悪。」
「ごめん。」
先輩が紫煙を、ゆっくりと吐いていく。
紫煙の行方を見ていた。

「いい？」
先輩が私を見上げて言う。
「はい。」
浴衣の帯をしめながら答えた。
先輩が電話の前に歩いていき、受話器を取って、ボタンを押す。
「．．．」

「あ、レイ？」

「今から、いいかしら。」

「じゃ、声かけるから。」

先輩が受話器を置く。
「行きましょうか。」
先輩が立ちあがる。
「はい。」
先輩の方へ歩を進めた。
先輩が襖を開ける。
先輩の手を取った。
「どうしたの？」
先輩が振りかえる。
「先輩。」
そう言って、先輩を抱きしめ、先輩の胸に右頬をあてた。
「レイ、待ってるわよ。」
「少しだけ．．．」
「．．．」
先輩の手が、私の背中にまわった。

コンコン。

レイの部屋のドアを軽く叩いた。
少しの間。
「はい。」
レイの声がした。
「ごめんね。遅くなって。」
先輩が言う。
ドアが開いた。
「いいえ。」
レイがドアを閉め、鍵をかけている。
「いい？」
先輩が言う。
「はい。」
レイが私達を見た。
３人で歩き出した。

「遅くなって、ごめんね。」
横を歩いているレイに言った。
「いいえ。別に。」
「何してたの？」
なんとなく聞いてみた。
「天井を見ていました。」
何の抑揚もなく、レイが呟いた。
「そう。」
沈黙が流れた。

月が湯船に映っていた。
生暖かい夜気が流れている。
虫の音が響く。
時々風が流れた。
松の蔭が揺れる。

湯船の端に腰掛けて空を見ていた。

ヒュー．．．パン！

花火の音。宿の前の川で上げているのだろうか。
「花火．．．」
ふと呟いた。
「そうね。」
先輩が呟く。
レイを見る。
レイは、湯船に浸かっていた。
「レイ？」
レイが私を見る。レイが立ちあがり、私の隣りに腰を下ろす。
「花火、しない？」
「花火．．．」
レイが、人形のように繰り返す。
「しよう？」
「ええ。」
レイが、要領を得ない感じで答える。
「花火しましょう。」
先輩に言った。
「売店、開いてるかしら。」
「早く行ったほうがいいかも。」
「そうね。」
先輩が立ちあがる。
私達も立ちあがった。

シュー。シュワー。

ドラゴンが、光を噴き出す。
「綺麗。」
「そうね。」
先輩と手を繋いだ。
レイは、身じろぎもせず吹き上がる光を見ていた。

辺りが暗くなった。
「火、点けてみる？」
レイを見た。
「はい。」
レイが答える。
屈みこんで、ドラゴンを取った。
「じゃ、これ。」
ドラゴンと、マッチを渡した。
レイが少し前に歩いていき、ドラゴンを置いて、マッチを擦る。
レイがマッチを導火線に近づけると、ちりちりと火がでだした。
レイが、立ちあがり、後退る。
光が吹き上がった。
レイが、微笑んでいるような気がした。

「これもする？」
レイにロケット花火を見せた。
「これは？」
「空き缶を立てて、それに刺して、この導火線に火を点けるの。すると上に飛ぶの。さっき音がしてた花火よ。」
「そうですか。」
「空き缶を立てるのに、石がいるんだけど。」
手ごろな石を探し始めた。

ヒュー．．．パン！

レイが、落ちてくる火の粉を見ていた。

シュー。チリチリチリ。

３人で、手持ち花火をしていた。
「不思議な感じ。」
そう呟いた。
「そう？」
先輩が言う。
「いつも見ている爆発と同じものなんて思えません。」
「そうね。」
沈黙が流れた。

チー。パチパチパチ。

線香花火から赤い線が散る。

「久しぶりにしたわね。」
先輩が言う。
「そうですね。」
先輩に答えた。
「いつも夏だから、こんなときでもないと、花火っていう気分にならないのも、問題よね。」
「昔は、夏になると、海とか山とか花火とか待ち遠しかったんですけど。」
「そうね。」
レイを見た。
「どうだった。」
「綺麗でした。」
「そう。よかった。」
前を見た。
「消えていくものは綺麗．．．」
思わず、レイを見た。
レイが前を見ていた。
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