「そろそろ行く？」
先輩の声。
「「はい。」」
レイと一緒に答えた。

廊下を少し歩いて、フロントの前を通り、部屋に戻った。
「それじゃ、後でね。」
先輩が、レイに言う。
「はい。」
鍵を開け、レイが手前の部屋に入っていった。
部屋に入る。
さっきと同じ御膳と座椅子が並んでいる。
「夕飯、別の部屋なのかしら。」
先輩が私を見る。
「そうじゃないですか？」
先輩に言った。
「そうね。
　お茶、飲む？」
「あ、私、いれますから。」
「ありがとう。」
先輩が微笑んだ。

先輩とお茶を飲んでいた。
なんとなくうれしくなる。
思わず微笑んでいた。
「どうしたの、マヤ？」
先輩の声。
「え？何がですか？」
声が裏返っていたかもしれない。
「私のこと見て、にやにやしてた。」
先輩が、ほんの少し咎めるような調子で言う。
「え．．．あ．．．ごめんなさい。先輩と旅行に来て、先輩とお茶を飲んでる、って思ったら、なんだかうれしくなっちゃって。」
「．．．」
先輩が私を見ている。
沈黙が流れた。

「あの．．．先輩？」
思い切って口を開いた。
「あ．．．何？」
先輩が口を開く。
「あの．．．怒ってます？」
思わず、目を伏せながら、聞いてみた。
「．．．そんなこと無いわよ。」
先輩を見た。
先輩が私を見ていた。
「そんな風に言われたの、初めてだったから。」
先輩が微笑む。
「よかった。」
思わず、呟いた。
「マヤ。」
先輩の手が私の顎を引き上げる。
「先輩。」
先輩の唇が、私の唇に触れた。

ＲＲＲ．．．ＲＲＲ．．．

電話が鳴った。
先輩の唇が、私の唇から離れる。
立ちあがって、電話を取った。
「はい。」
『夕食の用意ができましたので。お部屋まで、ご案内いたしますが、よろしいでしょうか？』
「はい。」
『それでは、これから伺わせていただきますので。』
「はい。」
電話が切れた。
電話を置いて、先輩の方に振りかえる。
「別の部屋に案内してくれるそうです。」
「そう。
　レイ、呼ばなくていいのかしら。」
「何も言っていなかったので、多分．．．」
「そう。」
沈黙が流れた。

トントン。

ドアをノックする音がした。
「レイね。」
「多分。」
立ちあがって、ドアに歩いていった。
「はい。」
「レイです。」
ドアを開けた。
レイが立っていた。
「電話、かかってきたの？」
「はい。」
「了解。入って。」
部屋の中に戻ろうとした。
「その必要、ないわ。」
「え？」
「お待たせしました。」
仲居さんの声がした。
「あ、はい。
　悪いけど、ちょっと待ってて。」
レイに言った。
「はい。」
レイが答えた。

部屋の中に戻った。
「仲居さんも来ました。」
先輩に言った。
「みたいね。
　これ？」
先輩が、ポーチを差し出す。
「あ、はい。」
先輩に微笑む。
「そう。よかった。」
先輩が微笑んだ。

「「お待たせしました。」」
先輩が鍵を閉める。
「いいえ。
　それでは、ご案内します。」
仲居さんが歩いていく。
階段を降りた、桔梗という部屋に通された。
御膳に料理が並べられていた。

「お飲み物は、どうなさいますか？」
仲居さんが聞く。
「えーと．．．」
先輩を見た。
「ビールでいい？」
「あ、はい。」
「レイは？」
「なんでも．．．」
「そう。それじゃ、ビール２本と、ウーロン茶、お願いします。」
「かしこまりました。」
仲居さんが出ていった。

「えーと．．．」
先輩が、御膳の上を見ている。
「レイは、ここかな。」
先輩が席を指す。
「はい。」
レイがそこに座る。
先輩がレイの隣りに、私は、先輩の前に座った。
料理を見た。
川魚や肉を使った突出し、豆腐、山菜のおひたし、天ぷら、おそば、船盛り．．．
レイ、食べられるかな．．．
そう思って、レイの前の料理を見た。
何か違う感じ。色が違う？
「一応、言ってあるの。」
先輩の声。
先輩を見た。
「そうなんですか。」
「そう。
　それに、あんまり、違うと悲しいでしょ？」
「はい。」
レイを見た。
レイが料理を見ていた。

「失礼します。」
仲居さんの声。
障子が開いた。
仲居さんが御膳の脇でビールの栓を抜く。
「どうぞ。」
仲居さんが、ビールとコップを私達の前に置く。
「「ありがとう。」」
仲居さんがウーロン茶の入ったコップをレイの前に置いた。
「ありがとう。」
「あと、鍋とステーキがありますので。」
「はい。」
「失礼します。」
仲居さんが出ていった。

「食べましょう？」
先輩が言う。
「たくさんありますね。」
「そうね。
　マヤ？」
先輩がビールのビンを持っている。
「あ、はい。」
コップを出した。
ビールがコップに注がれていく。
「じゃ、先輩？」
「はい。」
先輩のコップにビールを注いでいく。
「それじゃ、三人の健康を祝して。」
「「「乾杯。」」」
ビールを飲み干した。

「先輩は、旅行とか、あんまり行かないんですか？」
お刺身を食べながら、先輩に聞いた。
「最近は、忙しいから。」
「あ、そうですよね。
　昔は？」
「母さんが、ずっと、ジオフロントに篭りっきりだったし。
　そうね。あんまりないわね。」
「そうですか。」
「けど、小さかったころに、外国に行ったかな。母さんの学会のついでで。学会って、リゾートでやることが多かったから。」
「どこに行ったんですか？」
「サンタフェとか、ガルミッシュ−パルテンキルヒェンとか、シドニーとか、テルアビブとか。」
「はあ。」
なんか、世界が違うわ。
「マヤは？」
「あ、私は、福島出身だから、その辺りにいったくらいで．．．」
「福島っていうと、磐梯山とか、会津若松とか．．．」
「ええ。」
「そう。今も残っているからいいわよね。」
「そうですね。」
おそばを汁につけた。

「失礼します。」
仲居さんが入ってくる。
ステーキの載った鉄板と、小さな鍋を私達の前に置いていく。
鍋の下の固形燃料に火をつけた。
「温まったら、召し上がってください。」
「はい。」
「失礼します。」
避けてあったお皿をお盆に載せて、仲居さんが出ていった。
レイを見た。
レイがステーキを口に入れている。
「それ．．．」
「豆腐だと思うけど。」
「ええ。」
レイが答えた。
「そうなんだ。」
レイが私に微笑んだ。

「失礼します。」
仲居さんが入ってきた。
「デザートをお持ちしました。」
メロンの載った皿を私達の前に置いていく。
番茶の入った湯のみが置かれた。
「失礼します。」
鉄板と鍋をお盆に載せ、仲居さんが出ていった。
「ビール、どうする？」
先輩が言う。
少し残っていた。
「いえ、いいです。」
「そうね。」
先輩が、メロンにスプーンを入れ、口に運ぶ。
私もそうした。
先輩が微笑む。
「おいしいわね。」
「はい。」
先輩に微笑んだ。
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