プシュー。

いつもの音をたててドアが開いた。

シンジが、靴を脱いでスリッパを履く。
ミサトは、まだ帰っていないようだった。
「ただいま。」
シンジが呟く。

壁の向こうから風呂に水を入れる音がしていた。

シンジが、部屋の戸を閉め、ベッドに腰を下ろす。
横向きになり、テープを聞こうとした。
水音が耳についた。
「まだ、入れてるのかな．．．」
シンジが、立ちあがり、部屋を出た。

「アスカ？」
アコーディオンカーテンの前からシンジがアスカを呼ぶ。
返事がなかった。
「アスカ？！」
もう一度呼んでみた。いつもなら、返事があるはずだった。
「アスカ？」
シンジが、恐る恐るアコーディオンカーテンを開ける。
風呂のドアが開いていた。
シンジが、歩を進めて、風呂のドアの脇に立つ。
「アスカ？」
返事がなかった。
シンジが、風呂の中を見た。

浴槽から水があふれ、その脇にアスカが座りこんでいた。
左手をその中に入れて。

「アスカ！！！！！！」

シンジが、アスカに駆け寄り、アスカの左手を浴槽から引き出す。
「アスカ！」
シンジが、アスカの肩を揺する。
アスカの頭が、がくがくと揺れた。
「アスカ！！！！！！」
 

ネルフ本部内 中央病院 第一脳神経外科 ３０３号病室

アスカがベッドに眠っている。
シンジが、ベッドの右側に突っ伏して眠っていた。

アスカが目を開ける。
しばらく天井を見ていた。
アスカが起きあがり、シンジの手から、シンジの頭へ視線を移す。
アスカが、シンジを見ていた。

アスカが、左手を、腕時計を見るように持ち上げる。
手首に包帯が巻かれていた。
「死ねなかったんだ．．．」
アスカが呟いた。

「ん．．．」
シンジが、体を起こして、アスカの方を見る。
「アスカ．．．」
アスカが、シンジを見る。
「．．．」
「．．．」
シンジの目に涙が浮かぶ。
「よかった．．．
  アスカが生きてて．．．」
「．．．」
「よかった．．．」
シンジが俯く。
シーツに涙が落ちた。

「何、泣いてるの？」
アスカが呟く。
「．．．」
シンジが、呆然と、アスカを見る。
「私のことなんて、どうでもいいんじゃないの？」
「．．．」
「マユミとよろしくやってればいいじゃない。」
「．．．」
「私なんて．．．死ねばよかったのよ．．．」

パシッ。

シンジが、アスカの頬を叩いた。
左手を頬にあて、シンジを見て、そして俯くアスカ。
シンジが、アスカを抱きしめる。
「好きだよ。アスカ。」
「．．．」
「好きだよ．．．」
「．．．」
沈黙が流れた。
 

手首の傷は、それほど深くなく、アスカは、午後には退院できた。
 

コンフォート１７マンション

「あがって。」
シンジが言う。
「お邪魔します。」
マユミが、小さな声で言った。

シンジが、アスカの部屋のドアをノックする。
「はい。」
アスカの声がした。
「山岸さんが来たんだけど。」
「ちょっと待ってて。」

ドアが開いて、中にアスカが立っていた。
「マユミ。入って。」
アスカがマユミを見て、言う。
「うん。」
マユミが、俯いて、中に入った。
アスカが、ドアを閉めた。

アスカが、ベッドに腰を下ろす。
マユミが、部屋に少し入ったところに立っていた。
「座らない？」
アスカが言う。
「うん。」
マユミが、歩を進め、アスカの隣りに腰を下ろした。
二人共、俯いていた。
沈黙が流れた。

「ごめんね。」
俯いたまま、マユミが呟く。
「ううん。」
俯いたまま、アスカが呟いた。
沈黙が流れた。

「私が悪いの。皆に嫌な思いをさせてしまった。」
アスカが言う。
「．．．」
「そう．．．私が悪いの．．．」
「．．．」
沈黙が流れた。

「私、あそこで、帰るべきじゃなかった。」
マユミが口を開く。
「．．．」
「アスカと、いなくちゃいけなかった。」
「．．．」
「碇君に送ってもらって．．．けど、何も話せなくて．．．別れ際に、最後だと思って、抱き付いて、そして、家に入って泣いてたの。」
「．．．」
「けど、もし、アスカが死んでたら、私、一生後悔してたと思う。」
「．．．」
「アスカと一緒にいればよかったのに、って。」
「．．．」
「アスカ．．．」
マユミが、アスカの手に手を重ねる。

「アスカが、生きててよかった。」
マユミが呟いた。
沈黙が流れた。

「マユミ。」
アスカが呟く。
「何？」
マユミが呟いた。
「．．．」
アスカが、マユミにもたれる。
「．．．」
マユミが、アスカを見る。
アスカが目を閉じていた。
「ちょっと疲れちゃったのかも。」
アスカが、目を閉じたまま呟く。
「そう．．．」
マユミが呟いて、前の方を、ぼんやりと眺めた。

「夕飯できたけど。」
ドアの向こうから、シンジの声がした。
「うん。」
アスカが言う。
「山岸さん、夕飯どうする？」
シンジが言う。
「あ、あの。」
マユミが言うと、アスカが、マユミに軽く抱き付く。
「食べていこう？」
アスカが囁く。
「．．．いただきます。」
「了解。」
シンジが答えた。

「マユミ。」
マユミに抱き付いたまま、アスカが言う。
「何？」
マユミが答えた。
「今日、泊まっていかない？」
マユミが、アスカをみる。
「ちょっと待ってね。」
マユミがアスカを離し、鞄から携帯を出す。
短縮ボタンを押した。
 

「マユミです。」

「あの、惣流さんに、泊まっていかないって、誘われてて。」

「はい。」

「はい。」
 

マユミがオンフックボタンを押して、アスカを見る。
「あまり迷惑にならないようにしなさいって。」
「迷惑じゃないよ。」
「．．．うん。ありがとう。」
「マユミ．．．」
アスカが、マユミを見て、目を閉じる。
マユミの唇が、アスカの唇に重なった。
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赤いリボンと緑のベスト Genesis 0:11 完 

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