マユミは、いつもより早く家を出た。
いつも立ち寄る本屋さんの前を通りすぎ、学校へ急ぐ。
鞄に触れて、チョコの箱の感触を確かめる。
「碇君．．．」
そして、シンジの名を呟いた。

校庭で、運動部の生徒達がウォーミング・アップしている。
「誰もいない．．．よね．．．」
そう呟きながら、校舎に入った。

教室に入る。
誰もいない。
よかった．．．
シンジの机に歩いていく。
シンジの机の脇で、鞄を開け、チョコの包みを取りだした。

タンッ。

入り口のあたりで靴音がした。
えっ！？
思わず、その場に立ち尽くしてしまうマユミ。
足音がマユミに近づいてくる。
「おはよう。山岸さんだっけ？」
アスカの声がした。
『どうしよう。よりによって、惣流さんだなんて．．．』
マユミが、心の中で呟いた。

「ちょっと、このハンバーグ、味が薄いわよ！」
「ご、ごめん。」
「私が味にうるさいのわかってんでしょ！謝りゃいいってもんじゃないのよ、まったく、バカシンジなんだから。」
「ごめん。」
「バツとして、帰りにパフェ奢りなさいよ。」
「えーっ、そんなぁ。」
「だーめ。許さない。」
「ちぇっ。僕にはお弁当作ってくれたことも無いのに。」
「なんか言った？！」
「い、いいえ。何でもございません。」

マユミは、シンジとアスカのやり取りを思い出していた。
『惣流さんの、ほんの十分の一でいいから、碇君と話せるようになりたい。だから、こんなに早く学校にきて、それで、碇君の机に、チョコを入れようと思ったのに．．．』

アスカがマユミの横に立つ。
「それ．．．チョコ？」
アスカがマユミに聞く。
『どうしよう．．．』
マユミは膝が震えるのを感じていた。

『あと、ほんの３０秒あったら．．．
  私には無理なのかな。碇君と友達になること．．．
  私の方が．．．惣流さんより、ずっと．．．』

「誰にあげるの？」
アスカがマユミに聞く。
「あ．．．あの．．．」
震えながら、マユミが呟く。
「．．．」
マユミはアスカの視線を感じていた。
「ご、ごめんなさい。」
マユミの目から涙がこぼれた。
「ちょ、ちょっと、泣くことないでしょ。チョコを誰にあげるのか聞いただけなのに。」

『そんなこと．．．言えない．．．』

「う、う．．．ごめん、ヒック．．．ごめんなさい。」
泣いているマユミを見ながら、ため息をつくアスカ。
アスカが鞄からハンカチを取り出す。
「これ。」
アスカがマユミの手にハンカチを押しつける。
「ありがとうございます。」
マユミがハンカチを受けとり、眼鏡をはずした。

『あ．．．』

アスカが心の中で声をあげる。
眼鏡を外したマユミの美しさに、アスカの心の中で、何かが動き出した。

マユミが、目の下にハンカチをあてる。
そして、頬の涙を拭った。

それを見ながら、アスカは、鼓動の高まりを感じていた。

マユミが眼鏡をスカートのポケットに入れる。
マユミがアスカを見た。
「あの．．．ありがとうございました。
  明日、洗って返しますから．．．
  失礼します。」
マユミが、ふかぶかとお辞儀をして、自分の席に歩いていこうとする。
「あ．．．ちょっと待って。」
アスカが、マユミを呼びとめる。
マユミが立ち止まり、少しおびえたような様子でアスカを見た。
「あの．．．何か．．．」
「あ．．．」
思わず、マユミを呼びとめたものの、何をしたいのかが、自分でも分からず、アスカは当惑していた。
「あの．．．今日、一緒に帰らない？」
「え．．．」
マユミが、少し驚いたような顔をする。
「駄目？」
アスカが、当惑を隠すように、少し強い調子で訊いた。
「あ、いえ、そんなこと、ありません。」
マユミが、慌てて、答える。
アスカが微笑む。
「私、週番だから、少し遅くなるけど、待っててくれる？」
「はい。」
「ごめんね。」
アスカが、苦笑いしながら顔の前に右手を立てて謝るようにする。
マユミもつられて微笑んだ。
「あと、チョコも、誰に渡すのか、ちょっと興味があっただけだから。泣かせちゃって、ごめん。」
「あ、いえ．．．いいんです。」
「ちゃんと、渡さないとだめよ。」
そう言ってウインクすると、アスカは鞄を置いて黒板へ歩いていき、黒板消しを持って教室を出ていった。
アスカを見送ったマユミは、チョコをシンジの机に入れた。
 

放課後

マユミは、図書館で、本を読んでいた。
不意に足音が近づいてきた。
「お待たせ。」
耳元でアスカの声がした。
マユミがアスカを見る。
「いいえ。」
マユミが囁いた。
「行きましょう？」
アスカが囁く。
マユミは頷くと、本を閉じ、立ちあがった。

アスカとマユミがデパートでウィンドウ・ショッピングしていた。
バレンタイン・デーのポップが目に入る。
二人がチョコを見ていた。
「あのチョコあげた？」
チョコを見ながら、アスカが唐突に言う。
マユミの胸の鼓動が激しくなる。
マユミがアスカを見ると、アスカは、チョコを見ていた。
マユミが、視線をチョコに戻す。
「え．．．
  ええ．．．」
「誰にあげたの？」
アスカが、チョコを見ながら言う。
「あ．．．」
どうしよう．．．心の中で、マユミが思った瞬間、アスカが言葉を継いだ。
「シンジにあげたんでしょ？」
はっとして、マユミがアスカを見る。
アスカがマユミを見ていた。

「あ．．．あの．．．」
マユミがしどろもどろになりながら、口を開く。
アスカがマユミから視線を外し、チョコを見る。
沈黙が流れた。

アスカが、チョコを取り上げる。
「チョコ、好き？」
誰に問うでもなく、アスカが呟く。
「．．．」
マユミが、アスカを見た。
アスカが、マユミを見る。
「好き？」
「あ．．．はい．．．」
「そう。
  ちょっと、待ってて。」
アスカが、チョコを持って、キャッシャーへ歩いていった。

マユミは、並べられているチョコを見ていた。
「マユミ。」
アスカの声がした。
マユミがアスカを見る。
アスカが少し顔を赤くしているような気がした。
「これ。」
アスカがマユミに、ラッピングされた包みを渡す。
マユミが包みを見る。
マユミがアスカを見た。
「あの．．．これ．．．」
「チョコ。」
「あの．．．」
アスカがマユミから視線を外し、並べられているチョコに視線を落とす。
沈黙が流れた。

「今朝、マユミが眼鏡をはずしてるのを見て、ドキドキした。」
アスカが口を開く。
「．．．」
「それから、ずっと考えてたんだけど．．．」
「．．．」
「好き．．．なんじゃないかと思って。」
「．．．」
アスカがマユミを見る。
「気持ち悪い？」
マユミが並べられているチョコを見ながら答える。
「．．．よく．．．分かりません。」
「そう．．．」
アスカもチョコに視線を落とす。
「．．．」
「いいわ。別に。」
「．．．」
「また明日。」
アスカが歩き出した。
「あの。」
マユミが、少し大きな声を出した。
アスカが振りかえる。
マユミが少しうつむきながら口を開く。
「あの．．．碇君の事についてはライバルだけど、けど．．．
  お友達に．．．なれますか？」
マユミが顔を上げて、アスカを見る。
「ええ。」
アスカが微笑んだ。
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赤いリボンと緑のベスト Genesis 0:0 完 

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