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「それでは、これで。」
「あの、赤木博士？」
ＯＧ訪問で、私を訪ねてきた研究室の後輩、伊吹マヤさんが、面談を終えて立ち上がろうとした私を呼び止めた。
「なにかしら？」
「あの．．．」
そう言うと彼女は、四角い鞄から一冊の本を取り出した。
「あの、よかったら、サインいただけますか？」
見ると、私の博士論文を簡易製本したものだった。
「それ、私の．．．」
「はい。」
伊吹さんが、私を見つめて目を輝かせている。
少し考えていた。
「あの．．．こういうのお嫌いですか？」
顔を曇らせる伊吹さん。
「ううん、そういう訳じゃないんだけど．．．そうね、ちょっと、待っててくれる？」
「は？はぁ。」
怪訝そうな顔をする伊吹さんを置いて、執務室へ急いだ。
少し開いた応接室のドアから中を見ると、伊吹さんが居心地悪そうにソファに腰掛けていた。
「こんこん。」
ドアの脇の壁をノックしながら言った。
「あ、先輩！」
彼女の表情がパッと明るくなる。
「おまたせ。」
部屋の中に歩を進め、伊吹さんの前に腰をおろす。
「はい。」
製本した博士論文を渡した。もちろん
『謹呈 伊吹マヤさんへ』
の文字にサインを添えてある。
「あの、いいんですか？」
驚いた顔の伊吹さん。
「あの伊吹さんに、サインを求められたんだから、この位はしておかないとね。」
そう言って、伊吹さんに微笑んだ。
「あ、ありがとうございます。」
伊吹さんの頬が赤くなっていたような気がした。
．．．
そういえば、そんなこともあったわね．．．
マヤと暮らすようになって、昔の日記を読み返しはじめた。
忘れている色々なこと。随分、歳をとったのかもしれない。
モニターに向かいながら、マヤに声をかけた。
「ねぇ、マヤ？」
「はい？」
マヤが歩いてくる。
「私の博士論文、まだ、持ってる？」
「もちろん。当たり前じゃないですか。私の一生の宝物ですから。なんだったら、出してきましょうか？」
「クス。出してこなくてもいいわ。ありがとう。」
マヤの反応が可笑しくて、少し笑ってしまった。
「あー、笑うなんて。酷いです、先輩！」
「ごめん。マヤ。」
「しりません。」
マヤが私から離れていこうとした。
「ね、マヤ？」
「はい？」
「キスしてくれる？」
「え？ええ。」
マヤが歩いてきて、背中から私の肩を軽く抱く。
マヤの気配が右側に寄る。マヤの指先が私の顎を、やさしく右に導く。
「先輩．．．」
目の前のマヤの唇に唇を合わせた。
唇を離した。
「ありがと．．．マヤ。」
「．．．おかしな先輩。」
「ちょっとね．．．」
マヤが背中から私を抱きしめる。
「あったかい．．．」
マヤが言った。
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モニターのこちら側 Genesis 0:Ex.0 完
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