「ね、アスカ？」
テレビを見ながら、シンジが言う。
「何？」
雑誌を見たまま答えた。
「催眠術って、かかるのかな？」
「はあ？」
起きあがって、テレビを見ると、催眠術をやっていた。
シンジが、テレビを見ている。
『やらせにきまってるじゃん。』
そう思いながら答えた。
「まあ、人によるんじゃない？」
「そんなものかな．．．」
シンジがテレビを見ている。
少しの間、シンジを見て、そして、また、絨毯に寝転んだ。
 

「ね、アスカ。」
「なに？」
見上げると、シンジが、私の脇に立っていた。
「催眠術のかけっこしない？」
少しの間、シンジを見ていた。
「変なことしようとしてない？」
「え．．．」
シンジが、少しうろたえた。
「図星ね。」
シンジを軽く睨んだ。
シンジが、目を逸らす。
沈黙が流れた。

「変なことしない？」
シンジに聞いてみた。
シンジが、私を見る。
「うん．．．」
シンジが頷く。
「そう．．．じゃ、いいよ。どうせかからないと思うし。」
起きあがって、シンジの前に立った。
「どうするの？」
シンジに聞く。
「じゃ、ソファに座ってくれる？」
「分かった。」
ソファに歩いていって、腰を下ろした。
シンジが、私の脇に立って、私の目線より少し上に手のひらをかざした。
「楽にして。
  それじゃ、僕の手をじっと見て。」
「．．．」
「僕が、１０から１まで数えていくと、だんだん瞼が重くなってくるよ。そして、数え終わると、瞼が閉じてしまうよ。それじゃ、数えるからね。１０。９。だんだん瞼が重くなってきた。８．．．」
なんだか、目がちかちかしてきた．．．

「アスカは、今、浅い海に浮かんでいて、とてもいい気分だよ。」
頭がぼーっとしてる。不思議。なんで、こんな気分になるんだろう。

「アスカは、今、とても静かな世界にいるよ。とても静かで、とても安心できる世界。とても幸せな気分だよ。」
幸せ．．．

「アスカの頭の中は、今、からっぽだよ。何も浮かんでこない。何も考えない。ただ、僕の言うことだけを考えてる。」
．．．

「アスカは、僕のことが好きになるよ。とても好きになる。とても好きになる。催眠から醒めると、いつも僕のことを考えてしまうよ。これから、１から１０まで数えると、アスカは、すっきりと催眠から醒める。催眠から醒めると、催眠中のことは、すべて忘れてしまうよ。ただ、僕のことがとても好きだということは、忘れない。催眠中のことは、すべて忘れてしまうけど、僕のことがとても好きになる。そして、また、催眠術をかけてほしくなるよ。それじゃ、数を数えるよ。１。２。３．．．」
．．．

「．．．はい、１０。」
目を開けると、シンジが私を見ていた。
「どんな感じ？」
シンジが、私を見ながら言う。
思わず、目を逸らして、俯いた。
「え．．．うん．．．」
なんか、どきどきしてる．．．
何してたっけ．．．
「ボーっとしてる？」
シンジを見て、そして、俯いた。
「ううん。そんなことないよ。」
ボーっとしてるかも。なんなんだろう、これ。シンジが、まともに見れないよ。
「今度は、僕にかけてみてよ。」
シンジが言う。
シンジを見た。
「え．．．けど、どうするのか、よく分からないし．．．」
言葉を濁して俯いた。ホントにどうしたらいいか分からないし。
「じゃ、いい？」
「うん。」
俯いたまま答えた。
「そう。じゃ、僕、もう寝るね。」
「うん。」
「じゃ、おやすみ。」
「おやすみ。」
シンジが、部屋に歩いていくのを見ていた。
 

翌朝、バスルームに行くために、ダイニングを通った。
シンジが、朝食を作っていた。
「おはよう。」
シンジが、私の方を見て、言う。
「あ．．．おはよう。」
なんだか、どきどきして、目を逸らしてしまった。

なんで、こんなに、どきどきしてるんだろう。
シャワーを浴びながら、考えていた。
 

「それは、恋でしょう！」
お弁当を食べながら、ヒカリが言う。
「．．．」
思わず、固まってしまった。
「で、相手は誰？碇君？」
ヒカリが、興味深々な様子で、体を乗り出してくる。
「え．．．ちょっと．．．ただ聞いてみただけだから。」
「ふーん。聞いてみただけね．．．」
ヒカリが、嘘ついてんじゃないわよ、とでも言いたげな表情で、私を見ていた。
 

リビングで、絨毯に寝転がって雑誌を読んでいた。
シンジは、テレビを見ていた。
「ねえ、シンジ？」
雑誌を見たまま聞いた。
「何？」
「シンジってさあ、好きな子とかいるの？」
「は？」
シンジが、体を動かして、こっちを見たような感じがした。
頭を持ち上げ、シンジを見た。
「いるの？」
「まあ．．．いなくはないけど．．．」
シンジが、目を逸らして言う。
「そう．．．」
沈黙が流れた。
 

「じゃ、僕、寝るから。」
シンジが、そう言って、ソファから立ちあがる。
え．．．
もっとシンジといたいのに．．．なぜか、そんな風に思った。
「あ．．．ね、シンジ？」
体を起こして、シンジを見た。
「何？」
シンジが私を見る。
「あ．．．あの．．．えっと．．．その．．．そうだ、また、催眠術かけてよ。」
「え？いいけど．．．」
シンジが、いぶかしげな表情をする。
「なんか、気分いいのよね。」
「そう．．．じゃあ、ソファーにかけて。」
「うん。」
立ちあがって、ソファーに歩いていき、腰を下ろした。
シンジが、私の脇に立って、手のひらをかざす。
「それじゃ、僕の手を見て．．．」

「．．．１から１０まで数えると、アスカは、催眠から醒めるよ。催眠から醒めると催眠中のことは、すべて 忘れてしまうよ。そして、僕が、『アスカは、僕のことが好きで好きでたまらない。』と言うと、今と同じか、それ以上に深い催眠状態に、すぐになるよ。僕が、『アスカは、僕のことが好きで好きでたまらない。』と言うと、今と同じか、それ以上に深い催眠状態に、すぐになる。けれど、そう言われたことは、忘れてしまうよ。それじゃ、数を数えるよ。１。２．．．」

「はい。１０。」

目を開くと、シンジが、私を見ていた。
「どんな感じ？」
「なんか、いい感じ。」
「そう。」
シンジが私を見ている。
「アスカは、僕のことが好きで好きでたまらない。」
何、言って．．．る．．．
 

「．．．１から１０まで数えると、アスカは、催眠から醒めるよ。催眠から醒めると催眠中のことは、みんな忘れてしまうよ。そして、僕のことが好きで好きでたまらなくなる。そして、催眠から醒めると、僕とキスをするよ。そして、僕が、『アスカは、僕のことが好きで好きでたまらない。』と言うと、今と同じか、それ以上に深い催眠状態に、すぐなるよ。そして、『アスカは、僕のことが好きで好きでたまらない。』と言われたことは、忘れてしまうよ。それじゃ、数を数えるよ。１。２．．．」

「はい。１０。」

目を開くと、シンジが、私を見ていた。
「シンジ．．．」
「醒めた？」
「うん．．．」
「そう。じゃ、僕は、もう寝るね。」
「うん．．．」
「おやすみ。」
シンジが、私から視線を外し、歩き出す。
「シンジ。」
「何？」
シンジが立ち止まって、振りかえる。
立ちあがって、シンジに近づいた。
「シンジ．．．」
シンジの顔に顔を近づける。
「アスカ？」
シンジが、不思議そうな顔をする。
シンジの唇に唇を重ねた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
催眠 完

Evaメニューに戻る